「正義中毒」が蔓延する社会をいかに変えるか――中野信子(脳科学者)【佐藤優の頂上対決】

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東大女子の受難

佐藤 自分をネガティブな方向に寄せるというのは、東大女子がバカなフリをする、あれもそうですね。上野千鶴子先生もよく言われたことですが。

中野 そうしないと生きていけなかったと多くの人が告白していますね。1994年入学の私の代では、東大の女子の比率は16%程度だったと思います。工学部に進学するとさらに少なくなり、応用化学科は50人中5人。理学部応用物理科だと、学年に1人とかゼロという年もありました。

佐藤 やはり理系はかなり少ない。

中野 女子の場合、東大に入った時点で「第三の性」みたいな扱いを受けるんです。東大女子は入れないインカレのサークルがありましたし、入れるサークルでも飲み会となると、男子5千円、女子千円、東大女子3千円と区別されていました。

佐藤 私は外務省時代の1996年から2002年まで教養学部の後期課程で教えていました。国際関係論と地域文化論の両方が重なっている講座で、国際関係論コースは、内部進学点では法学部よりも高いんですね。だから独特の雰囲気がありました。

中野 もともと頭のいい子が行くとこではありますが、みなさん、やっぱりすごくプライドをお持ちですよ。

佐藤 東大生は外から見ると、同じ頭で成績のいい人たちですが、文科一類、二類、三類の違いや、学部に上がる際の内部進学点の差などを見ていくと、かなり幅があって非常に面白い。それを社会に出ても引きずっている東大出身者もいます。

中野 理系は当時、8割方は大学院へ進学しましたが、最近は起業する人が多くなりました。ただ彼らが考えているのは、起業して3年くらいで大きくし、上場で大金を手にしたらあとは投資家として生きるというモデルではないでしょうか。社会に資する企業を、粘り強く淡々と作っていこうというのとは少し違っているように思います。

佐藤 この連載や、以前に「プレジデント」でも企業トップと対談をしてきましたが、東大出身のトップはさほどいないんですね。ボード(取締役会)までは多いのですが。

中野 トップになりたがらないんじゃないですか。

佐藤 やりたがらないのか、それとも何かマイナスの要因があるのか。私は、東大生の一番の弱点はトレンドに弱いところだと思っているんです。

中野 トレンドに弱い自覚があるからこそ、学歴を必要とする。

佐藤 官僚をはじめ、いろんな東大出身者と付き合ってきて、最近、東大文系の劣位集団の特徴に気がつきました。

中野 へぇ、どんなところですか。

佐藤 大学入試時の2次試験で出た4問の数学の問題について、滔々(とうとう)と話をする人。僕は2問解けたとか、2問半だとか、ここは部分点がついているとか、お酒を飲みながら2時間以上、それで盛り上がる。

中野 何年も前の話なのに、ちょっと痛々しいですね。

佐藤 普通は問題など覚えていないでしょう。だから彼らはいま必ずしも幸せじゃないんだな、と思います。文系の人は特に数学にこだわりますね。

中野 数学はやっかいな分野で、私は「女子なのに数学ができるんだね」と言われたこともあります。女であることと理系であることが両立しないという浅い通念があった。

佐藤 アカデミズムの世界では、まだまだ女性であることでいろいろ障壁にぶつかるでしょう。

中野 それはもう大変です。女だと論文書いても「ふーん、子供は産んだの?」とか「旦那はどういう人なの?」と言われますし、独身なら「女を捨てている」とかね。

佐藤 セクハラもあるでしょう。

中野 腐るほどありました。先生から抱きつかれても「やめてください」と邪険にすると、評価が下がって奨学金を受けるのに不利になるので、告発できないんです。そういう時の賢明な対処法があって、「先生も疲れているんですね」と、やんわり腕を解いて宥める。

佐藤 そうすると、バカのフリをするではないけれど、自分の感情も意思も押し隠して生きることになる。

中野 何も知らないフリをしながら、例えば心の中に「少年」の自分を飼っておいて、それが分かる人とは通じ合う。そんな感じでした。

佐藤 お互いに同じようなものを持っている人同士なら分かり合える。

中野 そういう人に出会えると楽しかったですね。ただ知らないように振る舞うことに慣れてしまうと、本当に自分の基準がわからなくなってくる。

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