大失業時代に備えるバイデン次期政権 経済スタッフに労働経済の専門家を結集

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 米フィラデルフィア連銀のハーカー総裁は12月2日、「国内で新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、米国経済の回復は既に頭打ちになっている兆しがある。今年春に失われた2200万人の雇用の多くは急速な自動化の導入によって二度と戻らない可能性がある」と警鐘を鳴らした。米国の失業者は11月時点で1110万人に減少しているが、現行の支援策の期限が年末に迫るなど「財政の崖(経済政策の失効により経済が崖から転落するような事態に悪化すること)」が刻一刻と近づいている。

 米国政府はコロナ禍で既に計3兆ドルの経済対策を実施しているが、追加の対策が必至の状況にある。民主党が約2兆4000億ドルの経済対策を主張する一方、共和党の案は約5000億ドルにとどまっており、両党の隔たりが大きいことから調整が難航している。

 大統領選挙から約1か月が経過した12月1日になってようやく米議会の超党派グループは9080億ドルの経済対策の法案を議会に提出したが、議会で可決される可能性は低い。トランプ政権が拒否権を発動するとの予想もある。

 来年1月5日に実施されるジョージア州の選挙で共和党が上院で過半数を維持すれば、次期大統領となるバイデン氏が掲げる政策の実現が妨げられ、米国で再び大量の失業者が発生する可能性が高いが、バイデン次期政権の経済スタッフはそれを予想したかのような布陣である。今回のコラムではこれについて述べるが、その特徴を一言で言えば、労働経済の専門家集団が一堂に会したということである。

 バイデン氏が労働経済学者を重点的に登用するのは偶然ではない。コロナ禍で接客、観光、娯楽などのサービス産業の雇用が大量に失われており、失業問題の解決が政権の最優先課題だからである。

 まず第一に大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長であるが、バイデン氏はプリンストン大学の労働経済学者であるラウズ氏を起用した。ラウズ氏は記者会見の場で「前回の雇用危機を目の当たりにして経済の道に入った」と語ったが、CEAは第2次世界大戦後、「全ての米国民がフルタイムの仕事に就く権利がある」と宣言した1946年成立の雇用法とセットで創設されたという経緯がある。今回の人事は、コロナ禍の下、「CEAは完全雇用を達成するために誕生した」という本来の設立趣旨に立ち返ろうとする意向のあらわれであると言っても過言ではない。

 行政管理予算局長にも進歩主義派のシンクタンクである「アメリカ進歩センター」のタンデン所長が指名されたが、極めつけは財務省人事である。

 バイデン氏は、財務長官にイエレン前連邦準備理事会(FRB)議長、財務副長官にオバマ財団のアデエモ氏を起用した。イエレン氏については後述するが、アデエモ氏は「公共サービスの目的は、経済を勤勉な労働者たちにとって機能するものに取り戻すことである」と自身の政策信条を語っている。

 次にイエレン氏だが、彼女が財務長官に抜擢されたことで、2016年に同氏がまとめた政策提言に注目が集まっている(12月1日付ロイター)。その提言の要諦は「高圧経済のすすめ」である。
 高圧経済とは「供給能力を上回る需要がある状態の経済」のことである。

 企業ベースで考えれば需要不足が続けば、正規雇用を抑制するなどで供給能力が増加しにくくなるのは当たり前だが、イエレン氏はリーマンショック後の状況を分析した結果、「マクロ経済全体においても、需要不足が続けば供給能力は増加しにくく、失業問題が改善しづらい」ことを看破した。この主張は「潜在的な供給能力は需要とは無関係である」とする現在の主流経済学の考えと真っ向から対立するものである。

 このことから、イエレン氏は「失業問題を解決するためには、力強い総需要と逼迫した労働市場という高圧経済を維持することで、萎縮した供給サイドの悪影響を改める必要がある」と主張している。

 イエレン氏は記者会見で、「コロナ禍の影響に対処するため、緊急に動くことが重要だ」と強調している。FRBのパウエル議長も「労働市場をパンデミック前の状態に戻すこと」にコミットしているが、高圧経済を実現するためには、金融政策だけでは足りない。積極的な財政政策が不可欠である。

 バイデン氏はクリーンエネルギーなどへの公共投資拡大のプランを提示しているが、米国に完全雇用を取り戻すことを公約に掲げるバイデン次期大統領の計画の背後には基本的な哲学についての発想の転換があるのを見逃してはならない。

 現在の経済学では失業の原因を「技能ギャップ」とする考えが主流である。「再訓練で新たな技能を身に付けない限り、職を失った米国人の多くは再雇用の見込みはない」とするものだが、「歴史的に見ると、技能ギャップ説は政府やFRBの介入を促すのを避けるために利用されてきた」との反論も出ている(11月16日付ブルームバーグ)。

 労働者に職を提供しなければ、彼らがどんなに多くの技能を習得しようとしても意味がない。失業者に必要なのは新たな技能の習得ではなく、雇用そのものだとすれば、政府はあらゆる手段を用いて経済を刺激し、人々の再雇用に十分なだけの力強い需要を喚起すべきだということになるだろう。

 議会の抵抗により経済政策が思うように実施できなければ、米国は大恐慌時代のような苦境に陥る可能性があるが、そうなればバイデン次期政権の下で、雇用創出を最優先とする「バイデノミクス」が誕生するのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年12月10日掲載

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