10歳年下の彼女が、ある日突然、私の妻にやったこと… 定年間際に狂い咲いた男の末路

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せめて食事だけでも……

「不倫はいけないことだ」

 誰もがそうは思っている。それでも不倫関係に陥る人は少なくない。実際、自分がその場面に遭遇したとき、人は「不倫をする」とは思っていないからだ。当事者の意識としては「恋をしているだけ」なのである。それは自制の効いたタケオさんでも同じことだった。

「恋愛行動をするわけではない。部下と食事に行くだけならかまわないだろうと思ったんです。社員からのプライベートな相談を受けることもありましたし、じゃあ、食事でもしながらということもあった。彼女は派遣でしたが、私としては社員である部下となんら変わりはなかった……まあ、今となっては言い訳かもしれませんが」

 派遣の彼女はユミさんという。タケオさんはユミさんを食事に誘った。会社の居心地や仕事について聞きたいという理由をつけた。大人の不倫にはいつも「相手と自分に対する大義」が必要なのだ。

「彼女とは仕事の話もしましたが、たわいない話もして。そのとき彼女が生まれた町が、私が育った町だということも知ったんです。小学校に入る前に別の町に越したらしいですが、実は幼稚園が一緒だった。そんなところにも“縁”を感じました。話しているときの彼女はキラキラが増していて、私には本当に幸せな時間でした」

 彼女のほうも彼に好感をもったのだろう。食事のときに話題に出たクラシックのCDを翌日、会社に持ってきてくれた。そのお礼にと彼がまた食事に誘い、次はクラシックのコンサートに一緒に行かないかと彼女から誘われた。

「一緒に行くはずだった女友だちが行かれなくなってと言っていました。そこで誘いに乗ったんです」

 恋が一歩踏み出した。会う口実を作って食事をする関係から、さらに行動半径が広がったのだ。今度は誰かに見られたら「仕事の相談をしていた」は通らない。だが、当事者たちはそんなことには気づかないまま、互いへの思いを胸に秘めたまま一緒に出かけていく。

「その日、私たちはコンサートを途中で抜け出してホテルへ行ってしまいました。彼女を見ているうちにもう我慢ができなくなって」

 タケオさんの中で何かが爆発した。それは単に彼女への思いだったのか、あるいはずっと辛抱強くまじめに生きてきた自分への抵抗だったのか。

関係が一気に展開して

 それまでは互いの家庭の話はほとんどしなかったふたりだが、関係が深まったことから配偶者や子どもの話もするようになった。ユミさんには高校生になるひとり息子がいた。夫はタケオさんと同じ年齢。

「でもあなたのほうがずっと若々しいと言われてうれしかった。夫婦関係は冷え切っているとも聞きました。夫には精神的に蔑まれていると感じることもある、と。だから彼女はいつも控えめで、ふたりきりになっても自分を卑下する言葉をよく口にするんだとわかりました。こんなステキな女性にどうしてそんなひどいことができるのか、私がなんとかしてあげたいと本気で思ったんです」

 同じ会社にいるとはいえ、しょっちゅうふたりきりで会えるわけではない。それでも月に2,3回はゆっくりできる時間を作った。平日は彼女が午後、休みをとり、彼は1日代休をとって会ったり、土曜日は出勤だと妻にウソをつき、彼女は「友だちに会う」と言って出てくることもあった。

「どんな手を使っても会いたかった。彼女と会うことで自分が生きていると感じられる。そんな“運命の人”だと思ったから。彼女にそう言ったら、私もそう思っていると号泣されたこともあります」

 一緒になりたい。思いは募る。だが彼は、「お互いに家庭に迷惑をかけるのはやめよう」とあくまでも理性を優先させた。そんな彼に、ユミさんは耐えられなくなったのだろうか。1年後、タケオさんが自宅に帰ると妻が頭に包帯を巻いていた。

「どうしたと聞くと、知らない女に突き飛ばされた、と。女は逃げてしまい、警察に被害届を出してきたというんです。イヤな予感がしました」

 翌日、会社に行くとユミさんが突然、退職したという。派遣会社に辞めると連絡があっただけ。それ以降、まったく連絡すらとれないというのだ。その日は会う約束をしているのにとタケオさんはユミさんの携帯を鳴らしたが誰も出ない。

「それでも待ち合わせの場所に行ってみたんです。すると彼女は手に包帯を巻いている。どうしたのかというと夫に浮気がバレて手首をつかまれて捻挫した、と。妻のほうはオレの勘違いか、と思いました。その日、彼女はホテルへ行っても体の震えが止まらず、『もう家に帰りたくない』と言うばかり。ここで私の人生が試されている。男として、今、彼女を見捨てるわけにはいかない。そう思いました」

 その晩、彼も彼女も家には帰らなかった。そしてふたりはそこから1週間、行方をくらましてしまうのだ。会社には休むと連絡だけは入れた。

「レンタカーを借りて遠くへ遠くへと走らせました。逃亡犯みたいな気分でしたね。でも隣を見ると愛おしい彼女がいる。彼女と一緒なら何もいらない。そんな気持ちでした」

 彼女は夫に会ったら殺される、あなたと一緒にいたいだけと泣く。そんなふうにすがりつかれたら、彼としては男気を見せるしかなかったのだろう。

 だが1週間後、白旗を揚げたのはタケオさんだった。社会人として、突発的な情熱に身を任せて、これからどうなるのかと現実に立ち戻ってしまったのだ。

「もちろん彼女と別れる気はありませんでした。だけど妻に心配をさせるのも、もう限界だろうと。お互いに離婚しよう、きちんと手続きを踏んで一緒になろうと説得したんです。それでも彼女は怖いというので、まずは東京に戻って彼女はホテルに泊まってもらい、私は家に帰りました」

 帰って妻にすべてを話した。妻は夫の様子がおかしいことは前から気づいていた。だが、さすがに夫が他の女性とにっちもさっちもいかないほど親密になっているとは思っていなかったようだ。夫失踪後、すぐに警察に捜索願いを出していた妻は「元気でいてよかった」と涙したあと、「好きにすればいい」と彼を突き放した。

「そのときは熱に浮かされていたんでしょうね。私は妻を置いて、彼女の元へと走りました」

 結局、会社に知られ、彼は定年退職を前に会社を辞職せざるを得なくなった。ユミさんの夫は彼に対して慰謝料を請求してきた。そしてユミさんは妻だけがいる自宅に乗り込んできて「早く離婚して」と騒ぎ立て、妻に暴力をふるった。妻はそのとき、以前、道端で突き飛ばした女性がユミさんだと確信した。

「もう人生ボロボロになりました。何の罪もない妻に迷惑をかけてしまった。娘に呼び出されて、おとうさんいったいどうしたいの、離婚するならさっさとすればいい、おとうさんを本当に大事にしてきたのは誰って言われて……目が醒めました」

 妻と別れたら一生、後悔する。残りの人生は後悔の日々となるだろう。そもそもユミさんのようなエキセントリックな女性と一緒には暮らせない。

 こうして2年半続いた不倫騒動は幕を閉じた。弁護士を立てて、ユミさんによる妻への暴行被害を訴えると、相手の夫からの慰謝料請求は取り下げられた。

「女は怖い。あんなに魅力的でやさしい女性が、あれほど暴力的になるなんて。妻に言われました。『うまく不倫できるキャラじゃないでしょ』と。本当にそうですね」

 あれから2年。娘のケイコさんによると、自宅を売却して、両親は別居しているという。ひとつ屋根の下にはどうしても暮らせないと母が言いだし、同じマンションの別の部屋に住んで行き来しているそうだ。かつてなら、黙って受け入れる妻は多かったかもしれない。だが裏切った夫を許さない、そこまで自分が我慢したくないと考えるのは今どきの妻たちの特徴でもある。

「母はパート仕事を増やし、父も元の会社での計らいで関連会社で働いています。私や弟はときどき母や父に会っていますし、どちらかが老いて動けなくなったら支え合うようになるんじゃないでしょうか。母はすっかり落ち着いていて、たまに父をからかうようにさえなっていますから」

 家族の支えがあってタケオさんは社会的制裁だけですんだようだ。ここで家族に放り出されていたら、彼はどうなっていたかわからない。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年11月10日掲載

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