ノブコブ徳井が語る「千鳥はなぜ革命なのか」 ノブの“覚醒”、大悟の“可愛らしさ”

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両ボケ、両ツッコミ

 芸のことで言えば、ボケとツッコミをきっちり分けていないところもすごい。

 いやいや、大悟さんがボケでノブさんがツッコミでしょ?と反論される方も多くいらっしゃるだろう。けれど実は、千鳥さんは両ボケ両ツッコミなのだ。

 元々NSCができる前まで、毎日舞台で勝負していた、今では師匠と呼ばれるような芸人さんはこの両ボケ両ツッコミのコンビが普通だった。前半は一人がボケて、もう片方がツッコむ。後半はそれが入れ替わる。笑い飯さんのスタイルほどボケとツッコミの役割が目まぐるしくは変わらないが、それが昔はスタンダードな形だった。

 それを、お笑い界の革命児・ダウンタウンが一新する。ボケの松本人志さんと、ツッコミの浜田雅功さん。キッチリと色分けをした。

 以降のお笑い界は呪いのように、ボケはどっちでツッコミはどっちだ、ボケなのにツッコむな、ツッコミなんだからしっかりしろ。そんなふうに言われるようになる。

 だが、初期のダウンタウンさんの漫才を見て欲しい。両ボケ両ツッコミの最高峰だ。二人とも、どちらの才能にも満ち溢れている。ただ仕事として分かりやすく色分けしているだけで、ツッコミが真面目な必要もないし、ボケが仕切ったっていい。

 二人が偉大すぎたため、ご本人たちの意思とはまったく離れたところで、僕らダウンタウン世代はボケとツッコミの呪いに悩まされてきた。その呪いが原因で解散したコンビもたくさん見てきた。

 面白ければ、いい。本来すごく単純なことだ。

 ボケだろうとツッコミだろうと、面白いに越したことはない。空気を読めなければ人を笑わせることなんて、できっこない。

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