元気な100歳がコロナ禍を生き抜いた秘訣 “自粛しすぎない”生活とは

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105歳で店頭に

 スーパーなエピソードにも触れておこう。

「去年、運転免許を更新したけど、いま75歳以上の高齢者は、認知機能の検査と実技試験がある。認知機能のほうは受けた人のなかで1番で、“一番年がいった人が一番点数が高かったです”と発表されました。実技も、クランクなんか脱輪する人が多いけど、僕だけ“石田さんは上手やで、難しいクランクやってもらいます”と言われ、それをスッと運転したら驚かれたよ。車庫入れも一発でした」

 そんな石田さんの、これからの目標だが、

「いま、日本の最高齢が117歳でしょ。周りの人には“石田さんも新記録になるまで生きてるんじゃないの”と言われる(笑)。僕も目的を持っているとがんばれるから、そこまで長生きしたいなと思うね」

 感染症に詳しい浜松医療センター院長補佐の矢野邦夫医師が言う。

「最近、転倒や骨折で救急外来に運ばれてくる高齢者が多くなっています。多くの高齢者が、コロナに気をつけてと言われ続けて慎重になり、家に閉じこもってしまっている。結果、体を動かさずに筋力が弱くなり、転倒や骨折の原因になっていると思います。相手と1メートル以内の距離で騒ぐなんてことさえ避ければ、高齢者こそ外に出て動いたほうがいい。この100歳の方のように、運動するのは本当にいいこと。体を動かすと呼吸が速くなり、呼吸の筋肉が鍛えられます。それをしないから痰を出す力もなくなり、誤嚥性肺炎などを引き起こすのです」

 むろん、石田さんのような鉄人には、なろうとしてなれるものではなかろうが、近づけるように努力することが、生き抜く力につながるはずである。

 続いて、千葉県東庄町にある和菓子店、菓心あづき庵の「看板娘」、田谷きみさんは、石田さんより五つお姉さん。105歳である。本人も、家族も、元気ですごすための意識は高い。

「やっぱり怖いですよね、うつる病気ですから。うちはお店をやっていて、いろいろな人が来るからね」

 夫を肺結核で亡くしたきみさんだから、そう語るが、無闇には恐れない。店頭に立つのかと聞くと、

「たまにね。“おばあちゃんはいないの?”ってお客さんが聞いてくれることもあるから。ずっとお店をやっていたから、いないと死んじゃったと思って聞いてくれるの(笑)。(デイサービスでは)腰かけながらできるような軽い体操をしています。周りの人とお話はしますね。入歯入れているとか、眼鏡をかけないと見えないとか、そんな話です。新型コロナについては“だれもその病気になったことないけど怖いね”というような話をします。ニュースもコロナが気になるね」

 とはいえ、コロナ禍で生活のリズムが変わったこともなさそうだ。

「お酒は飲まないと口さみしい。1週間に2回くらいかな。食べ物はなんでも食べます。フナとかおいしくて好きですが、小骨が多いからね。家族と同じものを食べますけど量は少し。あまり体を動かさないからね。朝ご飯は9時ごろ、昼ご飯は13時ごろ、夜ご飯は19時ごろ食べます。それで床に就くのは21時すぎ。だいたいは同じ時間ですごしています。青竹踏みもたまにやります。お店の商品も食べますよ。新しい商品が出ると“おばあちゃん、味見てみろ”と言うんでね」

 7月22日には、町から105歳の表彰を受けた。

「うれしいような、長生きして迷惑かけているような。ハーフハーフ。私が長生きしているのは、みんながよくやってくれるから。あんまり長生きしても迷惑かけるし、さみしいですね。同級生も小学校に入学したときは100人以上いたのに、いまは私一人。いまは家でゴロゴロしてテレビを見るのが一番いいね。しっかりとは歩けないし、ケガをしたら仕方ないから。土日は娘のところに行くの」

閉じ込められた高齢者との差

 孫の田谷等さん(56)は、

「新聞を読む気力がなくなってきたので、時事ネタを話すことで、寝てばかりにならないようにしています。コロナ禍で気持ちが塞がって、家に閉じこもってしまったら仕方ないからね。週3回はデイサービスに通い、たまにはお店に出てもらう。店頭に出ていて常連さんが来れば、コミュニケーションをとりますからね。おばあちゃんも白衣を着るとしゃっきりします。緊急事態宣言のときはデイサービスも休みでしたが、再開してくれて助かった。やっぱり外に出ていないとだめですよ。家族も手洗い、うがいをしっかりして、よそから感染してこないように気をつけています」

 と、きみさん曰く「みんながよくやってくれる」を具体的に語る。それは老年精神医学が専門の精神科医、和田秀樹氏に聞いても、的を射ているようだ。

「お年寄りは引きこもるほど脳も足腰も機能が衰えます。もともと筋肉が少ないうえ、使わないと落ち方がひどく、風邪で1カ月寝込めば歩けなくなる。頭も同じで、入院して1カ月も天井を見てすごしたらボケたようになる。なのに、いまお年寄りが引きこもってしまうのはテレビの影響でしょう。さらに健康な人でも免疫力が落ちてしまう」

 では、免疫力を高めるために必要なことだが、

「規則正しく生活し、質の良い食事をとり、笑いながら会話をする。集まれないなら電話でいい。電話代を気にするお年寄りもいますが、かけ放題プランだから大丈夫だと、家族が説明してあげましょう。あとは意欲を持つこと。摂生生活では意欲が落ち、我慢するほどストレスが溜まって老化が進みます。この女性は店頭で客とおしゃべりを楽しみ、笑っているのがいいし、デイサービスに行ったりするのも運動になる。だから元気なのでしょう」

 循環器科医、心療内科医で、大阪大学人間科学研究科未来共創センター招聘教授の石蔵文信氏は、二人の百寿者について、

「二人とも仕事を続けていて、それが人の役に立っているのが、元気の源になっているのでしょう。自分のことばかり気にすると内向きになりますが、客が来ると思えば、弱ってなどいられません。社会との接点が大切なのです」

 という視点を提示し、その反対の例を挙げる。

「70代後半の男性は、自転車でうちに通院していたのが、コロナで外出しないうちに足腰が弱り、1カ月半後の診察日、奥さんに連れられてタクシーで来た。次の診療日は来なかったので、奥さんに聞いたら、症状が悪化し、自宅に近い病院に入院したと。別の高齢男性はステイホームで認知症が進行し、施設への入所を検討しています」

 そういう例は数知れず、医師で医療経済ジャーナリストの森田洋之氏も、

「高齢者の健康に特に悪影響を及ぼすのが孤立や孤独。体は元気でも、鍵がかかった老人ホームでコロナだから外に出るなと言われ、社会的に孤立していく人が山ほどいます。そういう人が元気で健康だとは言えません。いま老人ホームや介護施設、病院はほとんどが面会も外出も禁止。感染予防上は安全でも、半年以上も家族とコミュニケーションをとれず、外にも出られず、床屋の訪問がなくなり、髪を半年以上切っていない人もいる。肉体的な健康にも必ず悪影響が出ます」

 と指摘。それなのに感染症しか注目されず、孤立して健康を失う人たちに目が向けられていない、という状況だからこそ、

「こういう二人の話はうれしいです。社交性が保たれていることで、健康にすごくよい影響があると思います。目的を持って生きるのも重要で、100歳になっても明るい未来を想像できるのは、長生きのための非常に重要な要素です」

 高齢者の命を守る、という建前と裏腹に、多くの高齢者が心も体も追い詰められ、命を擦り減らしている。だが、自殺する体力もないから問題とされず、見落とされる。一方、社交的で目標を失わない百寿者は、ますます元気である。目標に据えるべきはどういう生き方であるか、火を見るよりも明らかだろう。

週刊新潮 2020年10月22日号掲載

特集「元気な『100歳』はコロナ禍の閉塞社会をどう生き抜いたか」より

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