荒川静香が振り返る「イナバウアー」誕生秘話 コーチの粋な計らいで…(小林信也)

スポーツ 週刊新潮 2020年9月10日号掲載

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「3秒用意しているから」

「選手も審判も試行錯誤を繰り返していました」

 フィギュアは表現芸術でありながら採点で勝負が決まる。究極の矛盾に悩み、敗れる選手は少なくない。

 ショートプログラム3位でフリーに臨んだ荒川は、プッチーニのオペラ「トゥーランドット」の曲に乗って演技を始めた。

「振付を担当してくれたニコライ・モロゾフ・コーチは勝負に厳しい人でした。そのモロゾフ・コーチに、“終盤に3秒の時間を用意しているから”と言われたとき私は驚きました。そして、うれしかった。あのモロゾフ・コーチがそんな計らいをしてくれるとは想像していなかったからです」

 その3秒の間に“イナバウアー”が予定されていた。

「イナバウアーはそれまで私の持ち技というわけではありませんでした。本当は最後のジャンプの前に息を整えておきたかった。けれど、得点の取れるプログラムを完璧に仕上げた上で、フィギュアスケートの良さを織り込んでくれたことに衝撃を受けて」

 荒川はすぐ受け入れた。

 流れるような演技が観衆を魅了した終盤、荒川が大きく背中をそらせ優雅に氷上を舞った時、トリノのリンクは拍手と低いどよめきに揺れた。演技が終わるまで拍手はやまなかった。

「最高の舞台で、人々の記憶に残る演技ができたのはすごく幸せです」

 荒川は表現者の誇りを体現し、女王の戴冠を受けた。

「金メダル以上の、いちばん大きな目標を果たすことができました」――荒川静香の言葉が、勝利の重さ、深さを表している。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。「ナンバー」編集部等を経て独立。『長島茂雄 夢をかなえたホームラン』『高校野球が危ない!』など著書多数。

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