GHQ将校に媚を売った上流婦人たち…強い女たち列伝3

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陸海軍からそれぞれ5人の将校が顔を出していた

 世田谷の多江の自宅に、背の高い女が訪ねてきたのは、その数日後だった。楢橋の妻、文子(34)である。

 書記官長の妻が訪ねてきただけでも驚きなのに、文子が切り出した用件は、さらに思いがけないものだった。

「明後日の夜、官邸にGHQの方々をご招待しておりますが、とても手が足りません。主人も日本の上流の夫人を堂々と同席させたいと申しております。奥様、ぜひ手助けをお願いしたいですわ」

 文子は、多江の手を取ってそう頼み込んだ。

 多江は明日返事をすると答え、夫、それに鍋島重子も交えて相談をした上で、文子に断りの電話を入れた。

 すると、今度は楢橋文子の友人だと名乗る太田芳子(34)が説得に現れた。

 戦時中、横浜正金銀行(後の東京銀行)のニューヨーク支店長を務めた太田輝夫の妻芳子は如才がなかった。

「大使館のディナーのようなものですから、安心してお手伝い願いとうございます」

 説得に抗し切れず、結局、多江は鍋島重子とともに官邸に出かけることになる。

 当日、女たちは楢橋の私邸に集まり、そこから官邸に向かった。

 多江は、薄紫地の鮮やかな着物を着ていた。

〈今は随分のお年の方まで振袖を着るが、昔は奥様が振袖を着る習慣はなかった。私は一晩でその振袖を留袖に直して貰った。幸い縫い物の上手なお手伝いさんが来ていたので、高価な刺細をほどこした振袖はその人の手で短くチョン切られてしまった〉(『私の足音が聞こえる――マダム鳥尾の回想』)

 パーティー会場である官邸に着くと、すでに人のざわめきで活気づいていた。官邸には大きな食堂があり、きらびやかなシャンデリアが下がったホールがあった。30人ほどの賓客をもてなすには手頃な広さで、英仏語に堪能な楢橋夫妻がホスト役を務めた。

 この夜は、陸海軍からそれぞれ5人の将校が顔を出していた。集まってきた将校たちは、4カ月も日本で暮していながら、日本の窮状すら知らない様子だった。

天皇制をどう位置付けるかについて、本気で愛人に相談

「日本人はいつもハンバーグステーキを食べるのか」

 およそ肉など手に入らない時代なのに、将校たちは、そんな見当違いなことを口にしたというのだから驚く。

「普通のアメリカ人は、フジヤマ、ゲイシャ、ジンリキシャしか知りません」

 日本の貴婦人たちは、緊張しながら、そんなバカな会話に付き合っていた。食事が済むと別室に移り、ウイスキーグラスを片手に話をしたり、音楽に合わせて踊ったりした。

〈鍋島夫人と二人で窓際の椅子に坐っていると、二人の背の高い将校がやって来た。二人で私達を見て何かしゃべっていたが、

「僕はこちらの御婦人と踊るよ」

 と色白の髭の剃りあとも真青な、一寸、シャルル・ボアイエに似た将校が、私の方に手を差しのべた。それは食事の時、私の筋向いに坐っていたコロネル・ケーディスだった〉

〈もっと背の高いプロレスラーのようにガッチリした体格の人がルーテナントコロネル・ローレルだった。後で知ったのだが、この二人に、コマンダー・ハッシイが加わり、三人が中心になって日本の新憲法を作り、功労者として銀章を貰った上、一階級昇格したという。そのトップがケーディスだった〉

 要するに、日本の実情も口クに知らない軍人たちが、ハンバーグステーキを食い、ウイスキーを飲み、人妻との不倫をもくろみながら大慌てで作ったのが、あの憲法だったのである。やはり、改正が必要であろう。

 ともあれ、この「楢橋バーティー」をキッカケに二人は不倫の関係に陥るのだが、あろうことか、新憲法の中で天皇制をどう位置付けるかについて、ケーディスは本気で愛人に相談していたというのだからもう一度驚く。

〈チャック(ケーディスの愛称)に、とうとう決定的な返事を迫られた。

「我々は今までに何度も会議をしているが、どうしても結論が出ない。貴女はどうしたらいいと思うか」

 私も決心して答えた。

「私は素直に天皇制はそのまま残したいと思う。ただし、今までのように神の如き特別扱いは絶対にしないこと。(中略)人間天皇の御一家で残したい」〉

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