紙を使って自動車も薬も作る製紙会社へ――矢嶋進(王子HD代表取締役会長)【佐藤優の頂上対決】

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 デジダル化が進む中、紙の需要が減り続けている。印刷などに使われる紙は、2006年がピークで、現在はその65%ほどだという。こうした流れを受け、製紙会社では新たな取り組みが始まっていた。製紙技術を進化させて新素材を開発し、さまざまな分野に応用しようとしているのだ。

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佐藤 新型コロナ感染拡大の中、2月末に突如として起こったトイレットぺーパー騒動では、たいへんなご苦労をされたことと思います。

矢嶋 ほんとうに大変でした。ご存じのように、マスク不足の中、原料はマスクと同じく中国から来ているから、そのうちトイレットペーパーもティッシュペーパーもなくなる、というデマがSNSを通じて爆発的に広まりました。いくら「輸入のトイレットペーパーはほとんどない」「フル操業していて、在庫が足りない状況は一切ない」と訴えても、なかなか信用してもらえませんでした。

佐藤 矢嶋さんは日本製紙連合会会長として苦言も呈されていましたね。

矢嶋 「SNSに書き込む人には、最低限の倫理観を持って欲しい」と話したのですが、デマを書き込んだり、それを信じて買い占める人だけではなく、対抗して買い占めに走る人たちもいたから困りました。

佐藤 行動経済学的には理解できます。誰かが2倍買えば品薄になるのは確実ですから、自分も買っておこうとなってしまう。

矢嶋 みんなの行動を予想して行動するというのは、まあ、正しいことなのかもしれませんが。

佐藤 ケインズの言う「美人投票」ですね。自分が美しいと思う人ではなく、他の人が美人と思っている人に投票するやり方が、有効な投資法である――。

矢嶋 とんでもない話ですが、その通りです。

佐藤 鳥取県の米子医療生活共同組合が、デマの拡散に職員が関わったと謝罪しましたが、基本的にデマの責任主体ははっきりしないものです。そこがわからないのに、ニセの情報がどんどん拡散していく。これは企業が抱える新しい形のリスクではありませんか。

矢嶋 おっしゃる通りです。ただ、私の入社した前年にもこうしたトイレットペーパー騒動はありました。

佐藤 オイルショックの時ですね。

矢嶋 ええ。あの時は翌年からパタッと需要がなくなり、会社がずいぶん苦しみました。だから今回もそれを懸念していたのですが、トイレットペーパーなどの需要はやや落ちたものの、使い捨てのペーパータオルが売れるようになってきたんです。

佐藤 いままで日本の文化にはなかったものです。

矢嶋 少しずつ広まってはいたのですが、欧米に比べるとまだまだでした。それが家庭に浸透してきた。もちろん業務用も伸びていますが、紙で手を拭いてすぐ捨てるという行動が定着しつつある気がします。

佐藤 やはり感染防止ということで、合理性がありますからね。自分の身体を守るとなると、消費行動や生活様式に影響を与えます。

矢嶋 日本のペーパータオルの多くは欧米と違って白いのが特徴で、今後はコンスタントに需要が伸びていくと思います。

佐藤 コロナではほかにもさまざまな影響があったのではないですか。

矢嶋 印刷情報用紙の需要が、2月から5月の間で、前年と比べ2割ほど減りました。大きく分けると、出版用の紙とカタログやチラシなど商業印刷用の紙がありますが、減ったうちの大体3分の2は商業印刷だと思います。

佐藤 イベントがまったくなくなった影響ですね。またテレワークが推奨されて、コピーもプリントアウトもあまりしなくなった。

矢嶋 会社だったら近くに大きなコピー機があって、一度はプリントアウトして見るものも、自宅では容易にできないので、どうしても画面で済ますようになる。もともとテレワークは進みつつありました。だから、コロナで需要減の先取りをした感じです。

佐藤 オフィスにおけるペーパーレス化は加速しています。特に社内をフリーアドレスにして自分の机がなくなると、紙が持てなくなる。与えられるロッカーでは、小さくてとても紙の資料は入りきりません。

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