北朝鮮「韓国への軍事行動保留」報道の読み方、“金与正軟禁”もある軍クーデター説

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「ソ連8月クーデター」と類似?

 重村教授は、与正と軍の発言に注目する。まず金ファミリーと北朝鮮軍の関係を理解する必要があるという。

「金ファミリーと軍隊を比較すれば、物理的な力関係は歴然としています。しかしながら、彼ら一族は、建国建国の父である金日成[キム・イルソン](1912~1994)の血族であるという権威を持っています。彼らは軍という力を必要としていますが、軍も金ファミリーという権威を必要としているのです。両者は持ちつ持たれつの関係を維持しながら、時には接近し、時には離反し、複雑な駆け引きを駆使しながらパワーバランスを保ってきました」

 北朝鮮は社会・共産主義国家であるため、官僚制国家でもある。党員や役人の権限や職域は厳密に定められている。

「現在、北朝鮮で軍に命令することができるのは、金正恩氏だけです。正恩氏が軍に『開城と金剛山に部隊を派遣せよ』と命じれば話は簡単なのです。それを与正氏が登場して『軍で対韓国の強攻軍事案を作成してください』と発言しました。彼女が軍に命令を下すのは重大な越権行為であり、処罰の対象になってもおかしくありません」(同・重村教授)

 そこで与正は「金委員長と党、国から付与された権限にのっとって行使」とか、「行使権を軍総参謀部に与える」などと、自分が命令を下したと受け取られないよう、細心の注意を払った。

「それはとりもなおさず、正恩氏が命令を下せないほど健康状態が悪化している可能性も示唆します」(同)

 軍は参謀部の報道官が登場し、「与正氏の依頼に応じ、受け取った意見を実行するため、軍事計画を立案します。それを党中央軍事委員会に諮ります」と答えた。重村教授は「官僚の手本のような、絶妙な答えです」と指摘する。

「開城や金剛山への部隊派遣は、韓国を挑発する重大な軍事行動です。事の重大性を考えれば、総参謀部の高官が登場し『軍事計画を立て、実行します』と答えるべきです。ところが、そうすると軍は、与正氏を後継者(指導者)と見なしたことになってしまいます。そこで軍はまず、報道官という“下っ端”に返事をさせました。『計画は立案しますが、可否は軍事委員会で議論してください』と党に下駄を預けたということでしょう。与正氏の面子に心を配りながら、反対勢力も刺激しないように配慮した、まさに模範解答です」

 ところが蓋を開けてみると、軍事委員会は開かれなかった。あるいは開けなかった。その前段階にあたる予備会議で「対韓国の軍事行動は保留する」と決めてしまった。重村教授は「異例中の異例と言うべき展開です」と解説する。

「金与正氏の面子は、文字通りの丸潰れです。こんな異例の決定が『韓国への揺さぶり』であるはずがありません。予備会議などという、今まで聞いたこともない名称を使ったのも、ごく限られた軍幹部で意思決定を行うためでしょう。少なくとも軍高官の一部が、与正氏に対して『No』を突きつけ、それを軍の長老が容認した。『与正氏を追い落とす軍のクーデター』と形容しても、決して大げさではないのです」

 面子を潰された与正は、対韓国の軍事行動を否定した軍高官の排除や粛清に踏み切ってもおかしくない。しかし、実際は与正に反旗が翻された。だとすると、彼女が軟禁状態に置かれている可能性も浮上する。

 似たケースとしては、1991年に旧ソビエト連邦で発生した「ソ連8月クーデター」が挙げられるかもしれない。

 当時、ソ連のトップはミハイル・ゴルバチョフ(89)だった。彼がクリミア半島の別荘で休暇を過ごしていた際、ゲンナジー・ヤナーエフ副大統領(1937~2010)など保守派グループが面会を要求した。

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