見えてきた新しい農林水産業の姿――末松広行 (農林水産省 事務次官)【佐藤優の頂上対決】

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 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で、小麦など食料品の輸出制限を行った国があった。日本の食料自給率は37%、このままで大丈夫なのか。実はいま、日本の農業は自給率アップを図る過程で、さまざまな試みが実を結びつつある。農業が儲からない時代は終わり、「攻め」の時代に入っていたのだ。

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佐藤 末松さんとはもう45年の付き合いになります。1975年に埼玉県立浦和高校に入学して、同じ1年9組になりました。最初は五十音順で座りましたから、佐藤と末松で席が近かった。

末松 そうでしたね。担任は高橋昇先生。生物を教えていましたが、剣道が強かった。私は剣道部でした。

佐藤 末松さんは草加から通っていましたから、剣道部と学業を両立させるのはたいへんだったでしょう。

末松 武蔵野線が1時間に1本くらいという時代でした。だから、1時間くらいかけて通っていましたね。

佐藤 私が印象に残っているのは、体育の時間でのことです。浦高はラグビーが必修でした。ヘッドギアは手製で。その試合中に末松さんがタックルを受けて座り込んでしまった。すごく痛そうにしているのだけど、「ドンマイ、ドンマイ。先行って」と何事もないように振る舞った。でもその時、鎖骨が折れていたんですよね。

末松 よく覚えていますね。

佐藤 だから当時から、すごく我慢強い人だと思っていました。この我慢強さというのは、役人として非常に重要な資質です。

末松 佐藤さんは、高校時代から社会に関心を持って、かつ行動もしていた。自分でもあんなことができたらいいなと、うらやましく思う存在でした。

佐藤 お互い役人になって、久々に会ったのは、私が外務省のモスクワの日本大使館勤務で、末松さんは水産庁でロシアとの難しい漁業交渉をしている時でした。

末松 モスクワで会いましたね。あの時、佐藤さんはロシアで本を出版したところで、それをいただいた。あの本には驚きました。ロシア語で書かれている。表紙にCATOとあるのが佐藤で、そこしかわからなかった。

佐藤 ロシア語ではそう綴るんですね。その後、私は逮捕されましたが、以降もまったく変わりなく付き合ってくれた。とても感謝しています。

末松 私に本を書くのを勧めてくれたのは、事件の裁判で上告している時でした。

佐藤 末松さんは、新設される食料安全保障課長になる直前でした。当時、話してくれた食をめぐる世界情勢の変化が非常におもしろかったし、重要だと思った。それが『食料自給率の「なぜ?」』にまとまったわけですが、本日は、そのテーマである食料安全保障を中心に、現在の農政の課題についていろいろ教えていただこうと思っています。

末松 はい、よろしくお願いします。

佐藤 今回の新型コロナウイルスの感染拡大で、マスクを入手するのにとても苦労しました。でも、これがもし食料に起きたらたいへんなことになります。日本に影響はありませんでしたが、ロシアやウクライナでは穀物の輸出制限が行われました。

末松 コロナでは、日本中が大混乱に陥りました。農林水産省としては総理の指示のもと、ともかく事業を継続していくことが大切と方針を定め、3月13日の段階で、予防対策や感染者、濃厚接触者への対応、消毒、事業継続の要望などを記した事業継続ガイドラインを作りました。農業も林業も水産業も食品製造業も、どなたが感染されても何とか生産を続けていく。これに合意していただき、以来、ずっと話し合いを続けてきました。

佐藤 一時、ホットケーキミックスがスーパーの棚から消えたりはしましたが、食料がなくなる不安を感じることはありませんでしたね。

末松 生産者の方々には、ほんとうに懸命に生産していただいた。ゴールデンウイークの最中も、休みなしで動いてくださった食品製造業者がたくさんあります。結果、全体としてかなりいい対応ができたと思います。厳しい中で廃棄を免れたのは牛乳です。

佐藤 学校が休みになりましたから影響は大きいですよね。

末松 ええ。学校給食は牛乳消費の1割を占めます。余った牛乳を捨てるわけにはいかないので、バターとか脱脂粉乳などを作れるようすぐに対策を打ったのですが、なかなかすべてはカバーできない。そこでやはりみんなで牛乳を飲むべきだというところに戻って、いろいろ働きかけをしました。例えば鈴木宗男先生には国会で「牛乳をもう1本飲みましょう」と演説していただいた。

佐藤 鈴木先生の地元は北海道ですから、死活問題ですよ。

末松 そうしたらじわじわ牛乳の消費が伸びてきた。4月下旬から5月頭まで学校給食中止で減った分の8割くらいが戻ったんです。つまり家庭で飲む分が十数%増えた。

佐藤 飲用の牛乳の自給率は100%ですから、ここを救った意味は大きい。

末松 これはみなさまのおかげで、牛乳に対する意識が高まったのがよかったです。

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