見えてきた新しい農林水産業の姿――末松広行 (農林水産省 事務次官)【佐藤優の頂上対決】

ビジネス 週刊新潮 2020年6月25日号掲載

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自給率はなぜ上がらないか

佐藤 日本の食料自給率はカロリーベースで40%を切っていますが、低下傾向には歯止めがかかっているのですか。

末松 2018年度が37%、2017年が38%で、この水準で落ち着いています。ということは、つまり60%強を輸入に頼っているわけです。だから食の安全保障を考えるにあたっては、食料生産と輸入、それから備蓄をどう組み合わせるかが非常に重要になります。そのため、食品ごとの生産状況や輸入状況を常に把握して、輸入がメインのものなら、生産国がどんな状況にあるかなども含め、商社の人たちと先を見て考えていかなくてはなりません。

佐藤 自給率の目標値はどのくらいですか。

末松 農水省としては、2030年までに45%にしようとしています。

佐藤 自給率向上は前々からの課題です。上がらない原因はどのあたりにあるのですか。

末松 まず農地面積の絶対量が少しずつ減ってきていることがあります。これには二つの側面があって、一つは農地ではなく、都市の一部としての土地利用が増えたこと。もう一つは、農業に条件が不利な場所、例えば中山間部での耕作をやらなくなって、耕作放棄地が増えていることです。

佐藤 里山の問題ですね。大学時代の友人が千葉県印西市在住で県会議員をしているのですが、市の最大の課題はイノシシとの戦いだと言っていました。里山の農家がみんな高齢化して農業をやらなくなったら、イノシシが住みつき、どんどん増えて、住宅地にも現れるようになった。1年に2回お産して、平均6頭ずつ子どもを産むそうです。

末松 耕作放棄地は食料自給率の観点からもよくないし、イノシシ被害やシカ被害も引き起こしますから、大きな問題なのです。

佐藤 生態系も崩れますし。

末松 はい。それともう一つ、食料自給率を上げるのが難しいのは、日本人の食生活が大きく変化してきたからです。自給率向上の例としてはイギリスがあります。1970年頃までイギリスでは、当時60%ほどだった日本よりも食料自給率が低く、46%でした。それを20年かけて70%まで引き上げた。ただこれは単純な話で、彼らはもともとパンと肉を食べていたので、小麦の生産を上げるだけでよかったんですよ。

佐藤 なるほど。一方、日本人は米を食べなくなった。

末松 その通りです。日本もお米中心の生活を続けてくれれば簡単だったのですが、昔は1年に118キロ食べていたのが、いまは54キロしか食べない。減った分は別の食品でカロリーを摂っていて、それがバラエティに富んでいます。だから、その食生活の変化に合わせた生産がなかなかできなかった。しかも多品目を外国と競争しながら作っていくのは非常に難しい。でもこれはやらなくてはいけないことです。

佐藤 政策には、やり過ぎ、ちょうどいい、足りないという三つのチョイスがあります。現実は、なかなかちょうどいいところに収まりませんから、どちらかに比重をかけることになる。食料については、安全保障上の問題として、私はやり過ぎでもいいんじゃないかと思っています。

末松 私もやはり食料安全保障については、強めの政策を打っていかなくてはならないと思っています。余るよりも、足りないほうが断然、罪が重い。日本の食を預かっている以上、できるだけのことをしていかなければなりません。

佐藤 農水省は、これまで基本的には叩かれることが多かったと思います。農協に対しては「既得権益だ」とか、農水省が競争原理を導入して勝てる農業の方を向けば「農家を潰す気か」などと言われた。どの省庁の役人もそうではありますが、農水省はその傾向が強い印象です。でも食料安全保障については、批判を恐れずやっていただきたいですね。

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