見えてきた新しい農林水産業の姿――末松広行 (農林水産省 事務次官)【佐藤優の頂上対決】

ビジネス 週刊新潮 2020年6月25日号掲載

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農業は儲かる時代に

佐藤 食料自給率を上げるためにも、いまある課題を一つ一つ解決していかなければなりません。短期中期でプライオリティ(優先順位)をつけると、どんな感じになりますか。

末松 まず喫緊の課題は、いま直面しているコロナの影響で、需要が変化していることです。一時的ではありますが、外国人が来られなかったり、輸出ができなかったり、外食が停滞したりして、インバウンドを中心に大きく需要が減少している食品がある。

佐藤 高級食材ですね。

末松 ええ、高級なお肉や魚、フルーツなどが売れなくなっている。それに伴い、刺身のツマである大葉なども需要が減っている。これらは今後の日本の農林水産業を支えていくものですから、きちんと対応していかなければなりません。もし牛の生産をやめてしまったら、再び輸出できるようになるまで、たいへん時間がかかるんです。

佐藤 和牛などは戦略的な輸出食材ですからね。家で食事をすることが多くなりましたから、今週末はちょっと贅沢してステーキとか、ちょっといい刺身やホタテにしようとか、私たちもそういうことはできます。

末松 ぜひお願いします。また普段からも、できるだけ国内産のものを選んでいただきたい。スイスの国内産の卵は、外国から入ってくる卵に比べて3倍くらい値段が高い。でもスイス国民は、まず国内産を買います。私たちもそういう意識を高めていかなければなりません。

佐藤 それが食料安全保障につながりますからね。

末松 次に長期的な課題になりますが、これはいま何が求められて、どんなことをすれば経営にいいかをきちんと考えて農林水産業を展開していくことです。先ほど言われたように、農林水産省はいろいろご批判をいただいてきましたが、でも気がついてみれば、日本の農林水産物は、おいしいし安全だという評価を世界で得られるようになっています。和食は世界無形文化遺産となり、和食のレストランも各国にできている。

佐藤 確かにそうですね。ロシアの大富豪も寿司や牛肉を食べるためだけに日本にやって来ます。

末松 いままでとは次元が変わってきた。この強みを生かす時期にきているんです。

佐藤 もはや以前のイメージのような、守られている農業ではないんですね。

末松 実は農家が儲からないという時代はもう過ぎ去っていまして、ジャガイモでもニンジンでも、家族経営できちんといいものを作る人たちは、かなりの所得をあげています。だから農業が国の経済の一端を担う時代が見えてきていますし、それは地域の人口や出生率や雇用にもすごくプラスになる。いま、かなりいい形で進んでいるんです。

佐藤 地域社会に影響が広がる点で、農業の可能性は非常に大きい。これは中長期的な課題なのかもしれませんが、以前、全中(全国農業協同組合中央会)の方に三重のネギ加工工場を見せていただいたことがあります。そこで知的障害がある人たちが生き生きと働いているのが印象的でした。いわゆる「農福連携」です。これが地域にもたらす影響は大きいと思います。

末松 農福連携には、江藤拓農水大臣も菅義偉官房長官も賛同してくださり、いまどんどん広がっています。経済的に強い農業と社会に貢献する農業が両立するんです。やっぱり農業のよさは、多様な人を包含して、いろいろな人に役割を与えられるところにあります。しかもこれは一般の企業にとってもいい話なんですよ。

佐藤 どういうことですか。

末松 一定規模の会社には、障害者を雇う義務があります。農業を行う特例子会社を設立し、農福連携に取り組めば、そこで働いている障害者の方を算入できます。

佐藤 なるほど、一般企業の方へも展開できる。

末松 いまいくつかそうした事例が出てきていますので、多くの企業に検討していただきたいですね。

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