平壌で反日を叫んだ尹美香と北朝鮮、文在寅の蜜月コネクション、脱北者が語る

国際 韓国・北朝鮮 2020年6月23日掲載

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「番組内の慰安婦おばあさんの言葉を100%は信頼出来ない」

 韓国に挺対協が設立された時期は、1990年初頭。慰安婦の存在が北朝鮮メディアに登場したのは、それから2年後の1992年である。一見、慰安婦問題においては、北朝鮮が南の挺対協に先を越されたかのように思われる。

 1990年とは、私が北朝鮮で人民学校(小学校)に通っていた時だ。

 日本からの祖国光復(実際には、連合軍の勝利による無条件解放だが)を金日成の最大の成果とする必要(金日成=北朝鮮の神)から、北朝鮮においても、国民の意識に反日感情を必ず刷り込まなければならなかった。

 したがって学校でも、「朝鮮の歴史で最も厳しい暗黒の時期であった日帝時代、日本の蛮行を忘れずに子々孫々まで憎むこと!」と教えられる。逆に、朝鮮を解放させた金日成に対する人民の忠誠心は高まるというわけだ。

 1992年の夏のある日、夕食を早めに終えた私たち家族はTVを視聴していた。韓服(チョゴリ)を着たおばあさんが、自身の慰安婦生活を証言する番組が放映中だった。北朝鮮の慰安婦のおばあさんの番組である(最近、私は同じ映像を動画共有サイトで再び見ることができたが)。実は、私たちがそれまで学んできた日本の蛮行の中に「慰安婦」の話は一度も出てこなかった。番組ではその後も「従軍慰安婦」が相次いで出演し、日本軍に対する告発は続いた。

 私はまだ幼く、北朝鮮の住民が従軍慰安婦についてどのような感情を持っていたのかを説明することはできない。ただ、少なくとも私の両親はこう言っていた。「番組内の慰安婦おばあさんの言葉を100%は信頼出来ない」と。

 北朝鮮はすべてが統治管理された社会であり、TVに出演して全人民に自分の過去を明らかにするということは何を意味するのか……。両親はそれを簡単に想像出来たし、多くの北朝鮮の国民もまた、政治的意図のない番組などないと知っていたのだ。北朝鮮でも以降、何度か慰安婦問題に関する番組を見る機会はあったが、国民に、この問題はそれほど大きな反響を呼び起こすことはなかった。

 一方、韓国では慰安婦問題で社会全体が揺れていた。1992年から慰安婦問題の真相について、本格的な調査が行われる。慰安婦問題が本格的に争点化されると、1993年に日本の当時の内閣官房長官だった河野洋平は、日本軍慰安婦問題を公式に認めて謝罪する。また、1995年には、彼の主導の下に「アジア女性基金」も設立された。

 生存している被害女性たちに、補償金を介してその傷を癒して尊厳を回復する目的で設立されたこの財団は、表向きには、日本国民の寄付で作られた民間団体のように見えるが、事実上、政府主導で設立されたものである。にもかかわらず、慰安婦の募集は日本政府が主導した犯罪なのだから、日本政府が責任を負わなければならないという主張を挺対協は展開し、補償金の受け取りを拒否している。

 慰安婦問題で北朝鮮を訪問した尹美香は、この問題において北朝鮮との連帯を強調し、北朝鮮当局も、アジア女性基金からの補償を拒否した。インタビューに応じた北朝鮮慰安婦は「日本政府は日本国民を相手にどうして寄付を集めようとするのか」と鬱憤を吐いている。この時こそが尹美香の挺対協と北朝鮮とが、がっちりスクラムを組んだ瞬間だった。北朝鮮の立場では、慰安婦問題で反日活動をする尹美香のような韓国の女性同志が出来たことが非常にうれしかったのである。北にまで来て反日を叫ぶ南の彼女の“価値”を北当局が知らないはずがない。

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