日本の強みを残した「デジタル化」を図れ――小林喜光(三菱ケミカルHD会長)【佐藤優の頂上対決】

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これからの経済はz=a+bi

佐藤 その際、私が一番のネックだと思うのは教育で、特に数学です。日本ではなぜか経済学部が文系に入れられていて、数学をやらずに入学できてしまう。

小林 数学ができないと、数理経済学はわかりませんよ。

佐藤 外務省時代、モスクワの高等経済大学に研修生を送っていました。そこはロンドン・スクール・オブ・エコノミックスと単位交換できる学校ですが、あるとき、外交官試験をパスした人たちが成績不良で退学になってしまったんです。私は推薦状を書いたのもあって、理由を聞きに行きました。語学力が足りないのかと思ったら、最大の問題は数学でした。大学側が指摘したのは、偏微分方程式や線形代数を学んでいないのではないかということでした。また、学生の能力が低いのではなく、教育が特殊なんじゃないかとも言われましたね。

小林 私はこれからの経済は、z=a+biという複素数の数式で表せると考えているんですよ。zは経済です。aは「アトム(atom)」で、つまりは原子からできたリアルなモノのことです。bは「ビット(bit)」で、デジタル情報の最小単位。そしてiは、その情報が飛び交う「インターネット(internet)」ですが、そこに「虚数(imaginary number)」の意味もある。

佐藤 それは面白いですね。

小林 iは2乗するとマイナス1です。実際には存在しない数ですが、インターネットに代表されるバーチャルな空間を表すのにぴったりだと思う。

佐藤 複素数平面で経済を見ていくわけですね。普通の平面ではわからなくても、そこからならマイナスになっていることがわかる。

小林 そう、iの2乗がマイナス1というところが重要です。これからはリアルとバーチャルの総和によってz、すなわち経済の総和が決まっていく。製造業中心の時代はz=aでよかった。でもこれからのハイブリッド経済は、biを加えなくてはならないし、そこを鍛えることが重要です。

佐藤 確かにシェアリングエコノミーなどは、z=a+bではとらえられないですね。

小林 日本はベクトルの方向性さえ決まれば、どんどん力を出していける国です。先陣を切るファーストペンギンがさまざまな分野で出てくればいい。ただその際、デジタル化を進めると同時に、日本のいいところは残していかなきゃいけない。例えば、今回のコロナでは、みんなが医療にアクセスできました。また、自粛という形で成果も出した。これは自分さえよければいい、ではなくて、利他の精神があるからですよ。

佐藤 日本ならではのやり方です。

小林 これからの経済は、勝った企業が総取りというだけでは、立ちゆかないでしょう。狩猟民族の、山羊が獲れたか獲れないか、つまり1か0のどちらかしかないやり方を推し進めていくのがいいか、真剣に考えなくてはいけない。格差の問題もあります。その意味では、アナログがまだ残っている日本は、先ほどの利他の精神など、自国の強みを残した形でデジタル化を図れる可能性がある。シェアリングエコノミーなどは親和性が高いかもしれない。

佐藤 そこは重要なポイントになるでしょうね。

小林 日本は和魂漢才、和魂洋才のようにさまざまな要素を取り入れ、ハイブリッド化して、どこにもない価値を作り上げてきたわけです。今回も新たな文化の創造も含めて、経済社会システムを変革していかなければならないと思いますね。

小林喜光(こばやしよしみつ)  三菱ケミカルHD会長
1946年山梨県生まれ。東京大学大学院理学系研究科相関理化学専攻修士課程修了。72年ヘブライ大学に留学。74年三菱化成工業入社、記憶メディア事業等に携わる。2007年三菱ケミカルHD社長となり、業界再編を推進、15年より会長。同年から19年まで経済同友会代表幹事、現在は政府の規制改革推進会議で議長を務める。理学博士。

週刊新潮 2020年6月18日号掲載

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