コロナより怖い「仕事中毒」! 「お仕事ポルノ」と「勤労アニメ」に要注意

国内 社会 2020年5月27日掲載

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 多くの日本人に感動を与えてきたNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」とスタジオジブリの「宮崎アニメ」。

 いずれも素晴らしいコンテンツに思えるが、「ひきこもり」を専門とする精神科医・斎藤環さんと、双極性障害にともなう重度の「うつ」をくぐり抜けた歴史学者・與那覇潤さんは、日本における「心の病」の増加と、G7(先進7カ国)で最悪となる自殺率の背景には、これらのコンテンツの負の影響があるのではないかと懸念している。

 どういうことか? 2人の対談本『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』から、一部を再編集してお伝えする。

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NHKが放送する「お仕事ポルノ」?

與那覇 「趣味を仕事に」幻想というか、「一流の人間は好きなことを仕事にしており、だから毎日輝いている」といった価値観の背景には、テレビでやたらと流れるお仕事番組の影響があると思うんです。TBSの「情熱大陸」がいちばんの老舗ですが(1998年~)、平成を通じて増殖し、見ない曜日はないくらいになりました。

 こうした番組は毎回主人公を設定し、その人の過去の活躍の映像も混ぜながら、日常を追いかける形で描いています。そうすると『美味しんぼ』の山岡士郎のような「ぶっちゃけ仕事は手を抜いて、飯でリア充してます」みたいなタイプは取り上げようがない。結果として「仕事は楽しくないとダメなんだ」「趣味を仕事にできない私は負け組だ」と思い込む人が増えたのではないでしょうか。

斎藤 『美味しんぼ』の山岡や『釣りバカ日誌』のハマちゃんのように「副業で本領発揮」みたいな作品がマンガや小説で激減したのは、もうサラリーマンが「気楽な稼業」ではありえなくなった時代の反映ですね。講談社系を中心に「職業もの」自体は手堅く続いていても、最近の人気作品はほとんど「本業で輝く」的な内容ばかりなんです。

 注目すべきはそこで取り上げられる職業の選択が、どんどんマニアックになっていること。医療ものだと、(天才外科医である以上に)ジェネラルドクターに近かった『ブラック・ジャック』の長閑さは過去のものとなって、病理医というニッチな職種に特化した『フラジャイル』のような作品が人気になる。これは昔NHKでやっていた「プロジェクトX 挑戦者たち」と、後継番組といえる「プロフェッショナル 仕事の流儀」を対比しても言えることですが、いまは希少性を感じさせるスペシャリストのほうがウケるのでしょうね。

與那覇 それは結構重大な問題で、働くというのはみんながやることなのに、メディアの取り上げ方が非常に偏ってきているというか、悪い意味で「スター化」していませんか。どんな仕事だって尊いんだよ、ではなくて、「この人はすごいだろう。こんな特殊能力は、お前にないだろう。それが一流と凡人の差だ」みたいな見せ方が目立ちます。フィクションだと割り切って楽しむマンガはそれでいいですけど、ドキュメンタリーでやられるのは強い違和感がある。

「感動ポルノ」という、泣かせるためなら事実改変でも何でもする演出を揶揄(やゆ)する用語がありますが、ぼくはその種の番組って「お仕事ポルノ」だと思うんですよ。それで仕事観を作ってしまうことの問題は、もっと語られるべきだと思います。

ジブリ作品は「勤労アニメ」?

斎藤 お仕事ポルノと聞くと、私がつい連想してしまうのは、じつはジブリアニメなんです。ジブリを中心とする宮崎駿監督の作品には、ほぼ例外なく小さな子どもが働く場面――「パンダコパンダ」の家事労働から、「天空の城ラピュタ」の炭鉱労働、「魔女の宅急便」は言うまでもないですね――が出てきます。「崖の上のポニョ」の宗介ですら、働くお母さんを支えて家事に精を出す5歳児です。

 宮崎さんの大好物は「苦労して働く子ども」で、ジブリ作品はいわば「勤労アニメ」じゃないかと思っているんです。アニメの世界だからこそ、現在だったら虐待まがいの「使役」として違法になるような児童労働でも存分に描ける面がある。でもラピュタのパズーは小さいのに一人暮らしで、ぜったい義務教育を受けていないでしょ。中野翠さん(エッセイスト)の名言に「子どもが大切に扱われない国の子どもは可愛い」というものがありますが、あえて意地悪な言い方をすれば、ジブリ映画には「やりがい搾取」ならぬ「けなげさ搾取」の構図があります。

與那覇 いわれてみると「となりのトトロ」も、お母さんの入院中にサツキがメイの面倒をみて苦労する「育児労働」映画ですね。「千と千尋の神隠し」には、「甘やかされたひきこもり」への揶揄ともとれるキャラクターも出てきます。

斎藤 ジブリアニメは一見、ヒューマニズムやエコロジーにも見えるんですけど、その根底にはある種の宗教的な構図、すなわち「勤労=人生修行=人間の条件」みたいな価値観があります。私自身、ジブリアニメは大好きなのですが、一方で子どもの頃からそういう勤労アニメばかり見させられていると、一歩間違えば、そのままブラック企業の価値観に染まってしまいかねないリスクもあるんじゃないかと懸念しています。

與那覇 オウム真理教が昔「修行するぞ、修行するぞ……」と信徒に唱えさせていたように、たしかに(人生)修行って怖い発想ですよね。「これは修行なんだ」と思っちゃうと、どんな無茶ぶりだったり、あきらかに無意味な労苦だったりしても、やる側が勝手に意味――乗り越えて「理想の自分」になる、とか――を見出して頑張ってしまうところがあります。

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デイリー新潮編集部

斎藤環(さいとう・たまき)
1961年、岩手県生まれ。精神科医。筑波大学医学研究科博士課程修了。爽風会佐々木病院等を経て、筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、「ひきこもり」の治療・支援ならびに啓蒙活動。著書に『社会的ひきこもり』、『中高年ひきこもり』、『世界が土曜の夜の夢なら』(角川財団学芸賞)、『オープンダイアローグとは何か』、『「社会的うつ病」の治し方』ほか多数

與那覇潤(よなは・じゅん)
1979年、神奈川県生まれ。歴史学者。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。学者時代の専門は日本近代史。地方公立大学准教授として教鞭をとった後、双極性障害にともなう重度のうつにより退職。2018年に自身の病気と離職の体験を綴った『知性は死なない』が話題となる。著書に『中国化する日本』、『日本人はなぜ存在するか』、『歴史がおわるまえに』、『荒れ野の六十年』ほか多数