【追悼】ジョージ秋山さん 「小沢一郎」「美保 純」ら語る『浮浪雲』の魅力

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日本のスナフキン 作家・演出家 鴻上尚史

「小事を気にせず流れる雲の如し」――。空にポツンと浮かんだ浮浪雲と、このセリフだけが書いてあるページをよく覚えています。

 当時の私は浪人生で受験勉強中。自分の人生への焦りや不安を感じていました。若い頃って早く結論を出したいと何事も焦ってしまい、マイナスの結果しか生まないことがありますよね。ちょうどそんな状態の時に、『浮浪雲』と出会って諭されました。20歳前後の一番多感な時期を、支えて貰ったんだと思います。

 ジョージ秋山さんがヒットメーカーとして活躍していた70年代から80年代頃、『浮浪雲』は掲載誌「ビッグコミックオリジナル」で毎号欠かさず読んでいました。時代劇の設定ですが、内容は極めて現代的。だからこそ多くの読者が引き込まれて、長寿連載になったのではないでしょうか。

 ジョージ秋山さんは、凄く真面目な人だったと思うんです。何が人生の目的なのかということを探り続けていたと、作品を読むと感じます。『浮浪雲』の登場人物は、不器用で悪事に手を染めてしまったりもするけれど、どう生きるべきかをもがきながら考えている。だから、読者も人生に悩み、試行錯誤しているのは自分だけではないんだと、ホッとするんじゃないでしょうか。

 いわゆる一般的な大ヒット漫画は、主人公が揺るぎない信念で悪を倒していくことが多い。悩むとしてもほんの時たま。けれど、『浮浪雲』には読者と同じように悩む人がたくさん登場するところが、異色であり魅力でした。

 いま振り返れば、主人公の浮浪雲は日本のスナフキンだったんだと思う。ムーミンの親友・スナフキンも、自分にとって大事なことがハッキリしているキャラクター。両者に共通しているのは、自分で寂しさを処理できるところ。スナフキンは旅人でテントを張って生活しているけど、決してムーミンたちに依存して己の寂しさを埋めたりはしない。一方の浮浪雲も、波打ち際を独りで散歩するシーンがよく出てきますが、そこには己の寂しさを自分だけで昇華する、そんな大人の姿が表現されています。

 もちろん、スナフキンも浮浪雲も「孤独好きの人間嫌い」ではなくて、人と交わって騒ぐこともある。でも、己の寂しさを誰かにぶつけ紛らわすことなく、コントロールできる。その上で誰かが困っていたら助けてあげようとする。そんな素敵な大人になりたいと20歳前後の私は憧れていたのです。

 ジョージ秋山さんに直接お会いすることはできませんでしたが、「浮浪雲にお世話になりました」とお伝えしたかった。きっと照れ隠しに「あ、そう」って、ぶっきらぼうに返してくれたんじゃないでしょうか。

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