【追悼】ジョージ秋山さん 「小沢一郎」「美保 純」ら語る『浮浪雲』の魅力

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「銭ゲバ」の産みの親 評論家・日本マンガ学会理事 呉 智英

『浮浪雲』は渡哲也さんやビートたけしさん主演で2度もドラマ化されましたし、アニメ化もされた。間違いなくジョージ秋山さんの代表作といえますが、これを「オモテ」とすれば、70年前後に発表された『銭ゲバ』や『アシュラ』は「ウラ」の作品だといえます。

『銭ゲバ』は左目に傷を負った男の子が貧困に苦しみ、金だけに執着して苛烈な人生を送る物語。学生運動が盛んだった当時は「ゲバルト(暴力行為)」という言葉が流行しました。それが転じて、ゲバルトのように狂暴でカネに執着している奴、ということで、『銭ゲバ』というタイトルが生まれた。この造語は今でも使われるほど世間に浸透していますが、それくらい多くの人々が秋山作品を読み、衝撃を受けたわけです。

 また『アシュラ』は、平安末期の乱世を阿修羅の如く生きた少年の物語。母親が子を殺してその人肉を食べようとするシーンなど、過激な描写が議論を呼びました。人間の暗部をこれでもかと描く作品は、当時ほとんどありませんでした。

『浮浪雲』でも、市井の人々の悲哀を飄々としたタッチで描く一方、近親相姦や暴力、殺人といった人間のドロドロした暗部、業も描き続けた。どちらも描き切るところが秋山作品の魅力であり、一方だけでは自身のバランスが取れなかったのではないでしょうか。

 他方で、社会の矛盾を知り、それを打破しようとする「目覚めた者」の悲劇を描く。それが秋山作品に通底するテーマで、登場人物には、苛烈な人生を送る人、それを救おうとして救えない人が多い。突き詰めれば、「人はなぜ生まれてくるのか」という根源的な生への問いかけも含まれています。

 漫画に表れる秋山さんの人生観は、自身の経験から生まれたものだと思っています。彼は東京の下町生まれで、すぐに栃木へと引っ越している。兄、姉、弟、妹と4人の兄弟を持つ彼は、とても頭が良かったのに家計に負担をかけないようにと進学を諦めた。父親は貧しい造花職人で、生活は楽ではなかった。

 幼い頃から、社会の理不尽や不平等を経験した秋山少年は、上京後、小規模な書店取次店に就職する傍ら、漫画家になるためたくさんの作品を読んだそうです。

 他店から「ものすごくマンガに詳しい若者がいる」と評判になるくらい読み込み、自分の肥やしにして20代でデビューし、話題作を次々と世に問うていった。

 実は、私がマンガ評論を始めたのも、ジョージ秋山さんの作品について論じたのがきっかけです。私の論評をご本人が作中で言及するなど、他者からの評価で自分の描きたいテーマに気づいたこともあったようです。私としても評論家冥利に尽きますね。

週刊新潮 2020年6月18日号掲載

特集「人生は『ジョージ秋山』の『浮浪雲』で学んだ」より

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