コロナ禍で起こりつつある「いい変化」(古市憲寿)

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 いいとこどり、というのはなかなか難しい。最善の選択肢を選んだはずが、後から思わぬ欠点に気が付くことがある。資産管理に頭を悩ませて疑心暗鬼になるお金持ち。常に好奇の目にさらされ自由がない有名人。「夢の向こう側」に、必ずしも幸福な生活が待っているとは限らない。

 一方で、どれほど悲劇としか思えない状況の中でも、何かしらの希望はあるものだ。世界は新型コロナウイルスの影響で大変な状況が続いている。経済は停滞し、人々はいがみ合い、息苦しさが世の中を覆う。目を覚ますたびに、「世にも奇妙な物語」の中に迷い込んでしまったような気分にさえなる。

 だけど最近は、この状態がしばらく続いてもいいと思うようになってきた。明らかに「いい変化」も起こりつつあるからだ。

 たとえば無駄な会議や打ち合わせが減った。どうしても必要ならZoomなどビデオ会議で済ませればいい。移動時間がなくなるので、遅刻をすることも減る。小刻みにスケジュールを入れていくと、対面ではあり得なかったほど効率よく人と会うことができる。

 それはプライベートでも同じだ。ある晩は、友人とLINE通話で2時間話し込み、その後はタレントの千秋ちゃんとインスタライブをして、そのあとすぐ俳優の城田優くんともインスタライブ。実際の夜の席で3軒のハシゴは少し嫌な感じだが、ネット上だと全くそんなことはない。

 しかもオンラインでできることが増えている。最近はインターネットの脱出ゲームをした。オランダの企業が提供しているもので、参加者がハッカーとなり、無実の囚人の脱獄を手助けするという内容。何と画面の向こうには実際に俳優さんが控えている。

 参加者は声でメッセージを送りながら、うまく囚人や看守を誘導していく。彼らはオランダにいて、僕たち参加者はそれぞれの家。意外とわくわくした。

 脱出ゲームをした友人とはビデオチャットをつないだまま、一緒にゲームをしていた。画面は接続しているが常に喋り続けるわけではなく、必要な時にヒントをもらったり、ちょっとした話をする程度。

 さらに「M 愛すべき人がいて」(テレビ朝日系)というドラマも一緒に観た。ビデオ通話越しで感想を共有し合っていると、さながら一緒にいるかのよう。Zoom会議とは対照的な非効率極まりない時間だ。

 実はこの原稿を書きながら、Housepartyというアプリで友人と画面をつなげたままでいる。特に何かを話すわけでもない。ある友人はYouTubeを観ていて、別の友人はカレーうどんを食べている。

 もちろんこんな生活は一生続けられない。友人との関係を維持することはオンラインでも容易(たやす)いが(昔の人は年賀状だけで知人とつながっていた)、一からの関係構築は難しい。

 なんてことを書いていたら、Housepartyの向こうで新しいゲームが始まりそうだ。というわけで今週はこのあたりで。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

週刊新潮 2020年5月21日号掲載

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