毒々しい母には虚弱な息子?――持統天皇と草壁皇子

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クーデターで天皇となった父、その犠牲となった母から生まれた持統

 そんな持統もまた、成り上がり父と、見方によっては凋落母をダブルで持った娘でした。

 彼女の父の天智天皇はもとは“中大兄”と呼ばれ(『日本書紀』では一貫して皇子がつきません)、同腹の中では長兄であったものの、聖徳太子の子の山背大兄王<やましろのおほえのみこ>や、異母兄の古人大兄皇子<ふるひとのおほえのみこ>と比べると、皇位継承の可能性は低かったのです。

<系図1>からも分かるように、山背大兄と古人大兄は蘇我蝦夷の妹の腹です。当時の蘇我の勢力の大きさはこの系図からもうかがえるところで、蝦夷のいとこに当たる推古天皇が、「自分は蘇我から出ている」と言ったのは有名な話です(『日本書紀』推古天皇三十二年十月一日条)。

 ところが643年、山背大兄は蘇我入鹿によって滅ぼされます。さらに645年6月、中大兄は皇極天皇がいる大極殿へ乱入し、時の権力者である蘇我入鹿を暗殺、その父・蝦夷を自殺に追い込むことで(乙巳の変)、皇太子への道が開けたのでした。

 古人大兄はこの時、皇極天皇に侍しており、『日本書紀』には“或本に云はく、古人太子といふ”との注記があります。「古人皇子が皇太子であったことは他にみえないが」「舒明天皇の皇子で年長者でもあったから、皇太子と目された伝えがあっても不思議ではない」(※4)とあって、乙巳の変の直前、古人大兄は皇太子であった可能性が高いのです。が、この古人大兄も、変から3ヶ月後、中大兄によって謀叛の罪で殺されます。

 こうして、皇極後に即位した皇極の弟の孝徳天皇と、続く斉明天皇(皇極天皇が再び即位=重祚)のもと、中大兄は皇太子として世を治めます。

 彼が668年まで即位しなかったのは歴史の謎と言われ、年齢からして乙巳の変後の即位は不可能にしても、斉明天皇が崩御した661年に即位しなかったことが、とくに疑問視されています。その時、中大兄は36歳。当時の常識からしても即位が可能な年齢であるにもかかわらず、即位しなかった理由については、諸説あって定まっていません。

 一つ言えるのは、中大兄こと天智の立太子と即位にはかなりの無理と犠牲があったということです。

 その犠牲者の一人が、ほかならぬ彼の妻、持統の母の蘇我遠智娘<そがのをちのいらつめ>でした。

 持統の父の中大兄がクーデターによって皇太子となり、さらには天皇となった人であるのに対し、母の遠智娘は、当時、天皇以上の権勢を誇っていた蘇我の出身。自害した蝦夷は彼女の祖父の兄に当たります<系図1>。

 しかも649年、彼女の父の蘇我倉山田麻呂大臣(以下、麻呂)が、夫の中大兄によって無実の罪で死に追いやられたのです。

 麻呂は蘇我氏打倒を目指す中臣鎌子(のちの藤原鎌足)の発案によって、中大兄と姻戚になっていました。入鹿と不仲な、いとこの麻呂の協力を得ようと鎌子は目論んだのです。しかし麻呂の長女は結婚寸前、麻呂の弟の日向に強奪されてしまいます(※5)。代わりにその妹が中大兄の妻になるのですが……。麻呂の協力により乙巳の変が実現した4年後、日向は兄・麻呂が謀叛を企んでいると中大兄に密かに報告をしました。太子となっていた中大兄はそれを信じ、官軍に攻撃された麻呂は自害。8人の妻子が殉死します。遠智娘の兄弟姉妹、母も含まれていたかもしれません。それだけでは済まず、官軍は麻呂の首を斬り、死体も斬刑となりました。自害だけならともかく、より重く屈辱的な形に処せられたのです。

 ところがこのあと麻呂の資財を没収したところ、良書の上には“皇太子<ひつぎのみこ>の書<ふみ>”、重宝の上には“皇太子の物”と記されていた。

 それを見た中大兄は麻呂の潔白を知り、日向を大宰府の長官に左遷しました。が、自分に協力的だった麻呂でなく、婚約者を奪った日向を信じるのもおかしな話で、これは通説通り、麻呂が邪魔になった中大兄の策謀でしょう。

 中大兄の妃・遠智娘は心痛の余り、父を斬刑にした物部二田造塩<もののべのふつたのみやつこしほ>の名を聞くことすら嫌がったため、近侍の者は“塩”を“堅塩<きたし>”という別名で呼ぶほどでした。そうまでしても遠智娘の心は治らず、

“遂に傷心に因りて死<みう>するに致<いた>りぬ”

 という事態になってしまう。

 皇太子はそれをひどく哀しんだ、と『日本書紀』には記されています。

 当時、持統は数えで5歳。

 父のせいで母方祖父が無実の罪で殺された上、そのショックで母までが死に、それを父が嘆き悲しむという惨状の中で育ったのでした。

 武則天の毒ぶりがつらい生い立ちと関連したように、持統もトラウマものの少女時代を送ったわけです。

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