英語の早期教育、本当に必要? 中途半端な「セミリンガル」を生む恐れ 韓国の二の舞に

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韓国の二の舞になるな

 お隣の国の事情も参考になるでしょう。日本より20年早く、1990年代に小学校での英語教育を導入した韓国では、2000年代から国語力の低下が問題視されています。数年前にテレビ番組で共演した韓国人ジャーナリストは、「韓国では英語教育を重視し過ぎた結果、“ものを考えない若者が増えた”と社会問題になっている」と語っていました。また、「英語ができるかどうかが人生を左右する韓国と違い、日本語だけで勉強してノーベル賞が取れる日本はすごい。韓国の轍を踏まないように」とも忠告してくれました。

 小学校から大学まで母語だけで教育を受けて、ノーベル賞級の研究ができる。そんな言語は、世界中で英仏独露と日本語くらいでしょう。2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英博士は、受賞記念講演で「アイアムソーリー アイキャンノットスピークイングリッシュ」と冒頭で述べたあと、慣習に反して日本語でスピーチをしました。

 当然のことですが、科学の研究をする上では、英会話よりも、まずは日本語で数学や物理学を究めるほうがよほど重要です。それは科学に限らず、あらゆる学問についても同じでしょう。英語偏重教育の韓国では、益川博士に留学経験がないばかりか、国際会議に招待されても英語が苦手だからと一切断り、一度も海外に出たことがなかったというエピソードが大注目され、「それでもノーベル賞が取れるではないか」と話題になったそうです。

 にも拘わらず、文部科学省が韓国の後を追うように英語教育の早期化を推進し、親たちもそれを歓迎するのはなぜなのでしょう。よく聞かれるのは、「学校で習う英語は文法ばかりで役に立たない」とか「翻訳ができても会話ができないと意味がない」といった批判です。

 そうした批判はかなり古くからありました。意外かもしれませんが、実はすでに1989年から、日本の英語教育は「読解重視」から「実用重視」に転換されています。明治以来の読解・翻訳中心の英語から、会話中心の英語に路線変更して、もう30年が経っているのです。その結果、日本人の英語力はどう変化したでしょうか。残念ながら、最近の若者は英語がよくしゃべれるようになった、という話はあまり聞きません。

 むしろ、大学の教員同士で話をすると、最近の若者は英語ができなくなった、という声をよく耳にします。昔は、大学のゼミで英語の文献を読むのは普通のことでした。ところが、最近の学生は英語で書かれた文献がまるで読めないので、教授自ら日本語に訳してあげないと、授業にならないというのです。私自身、心理学の授業がいつの間にか英文解釈の授業のようになってしまった経験があります。

 そもそも、従来の文法重視の授業や、読解・翻訳ベースの英語力というのは、そんなに悪いものだったのでしょうか。英語と日本語は、文法構造などが大きく違います。言語としての距離が遠い。一方、ドイツ語やフランス語などのヨーロッパ言語は、日本語と比べてはるかに英語に近い構造です。日本人にとっての英語学習は、ヨーロッパ人にとってのそれよりずっと知的能力を要求される仕事なのです。

「I love you.」という英文を訳すとき、例えばドイツ語なら、構文はそのまま単語を置き換えれば翻訳が完成します。でも日本語の場合、「愛しています」から「お前が好きだ」まで、話し手の性格や文脈によっていくつもの正解があり得ます。このとき翻訳者の脳内で起きているのは、想像力や英文法の知識、日本語の語彙をフル動員した、極めて高度な知的作業です。

 こうした翻訳学習は、子どもたちの知的能力の発達に大いに役立ちます。ところが、いくら発音をネイティブに近づけて、外国人と仲良くおしゃべりできるようになったところで、勉強ができるようになるわけではありません。これは日本語に置き換えれば簡単にわかることです。日本語で四六時中ペラペラとおしゃべりしている人を見て、「あの人は頭が良いな」とは思わないはずです。それが英語になると、ただおしゃべりしているだけで「頭が良い!」と勘違いしてしまう。

 それは日本人の英語コンプレックスが強すぎるからでしょう。でも考えてみてください。アメリカやイギリスで英語を話す家庭に生まれれば、どんな子も英語で流暢におしゃべりできます。それは日本人が日本語を話せるのと同じで、その人の知的レベルとは何の関係もない。日常会話で使う言語能力と、小説や評論、あるいは専門書を読んだり、文章を書いたりする言語能力は、別物だということを忘れてはいけません。

榎本博明(えのもとひろあき)
心理学者。1955年、東京都生まれ。心理学博士。東京大学教育心理学科卒業。大阪大学大学院助教授等を経てMP人間科学研究所代表。著書に『その「英語」が子どもをダメにする』『伸びる子供は〇〇がすごい』『ほめると子どもはダメになる』など。

週刊新潮 2020年3月26日号掲載

特別読物 「ついに始まる『小学校英語必修』 幼少期の英会話が招く学力崩壊」より

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