「魔界のほうがよくね?」 前田敦子主演「伝説のお母さん」は女たちの呪詛を詰め込んだ良質ドラマ

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 夫が家事と育児に一切参加してくれず、積年の恨みが鍾乳石のように固まって、熟年離婚した人を知っている。よく我慢したなと思うが、相手に最も致命傷を与えるタイミングを虎視眈々(こしたんたん)と狙った彼女は強(したた)かだった。子が巣立ち、加齢とともに弱ってくたびれた夫を捨て、新たな恋を始めている。夫は真の理由を知らず、ご飯の炊き方もアイロンのかけ方も知らぬまま廃棄された。まあ、よくある話だ、ちょっと前までは。今のご時世、家事ができない男などいない。できなくても経済力か家電かアプリで解決すりゃいいだけの話。それすらもできない、あるいはやろうともしない人がいるとしたら、全力で息絶えてほしい。

 そんな女と妻と母たちの呪詛(じゅそ)をぎゅっと凝縮し、夫や会社、社会に豪速球をぶつけるドラマが誕生。NHK「伝説のお母さん」である。

 魔法使いや勇者でチームを組み、魔王討伐に出かけるRPGの世界を描いているが、内容は女性がぶつかる理不尽な壁をぎっちり詰め込んだ、上質のブラックコメディに仕上がっている。

 主役・魔法使いのメイを演じるのは前田敦子。以前、魔王討伐に成功し、伝説と呼ばれた輝かしい過去がある。今は乳飲み子さっちゃん(超可愛い双子の岡部明花俐・光花俐)と、家事・育児に参加しない失業中の夫・モブ(玉置玲央)を抱えている。いわゆるワンオペ育児。保活するも激戦区で入れず。職員から「ひとつだけ方法がある。ご主人を殺してください」と言われる始末。結局、子連れで魔王討伐へ向かうはめに。

 仲間には、伝説の盗賊でシングルマザーのベラ(MEGUMI)、伝説の勇者だが魔界に魂を売ったイクメンのマサムネ(大東駿介)、伝説の戦士で努力家の苦労人・ポコ(片山友希)、苦労知らずの新米僧侶・クウカイ(前原瑞樹)がいる。

 彼らと切磋琢磨……とはならず、まあ、いろいろと問題にぶつかっていくわけで。育児がメインではあるが、結婚や出産、女性が無意識に押し付けられる役割分担や「こうあるべし」という空気、前近代的な刷りこみや思い込み、決めつけ……書くだけでも苦しくなるほどの性差別がてんこもり。コミカルに展開していきながらも、胸を抉(えぐ)るセリフや設定で緻密に作られている。原作の漫画も面白いが、さらに周到かつ秀逸な肉付けで、エンタメ度と毒が増し増しなのだ。

 稚拙な自己顕示欲の塊で、無茶ぶりする国王(大倉孝二)に、振り回される士官(井之脇海)の構図は、現政権のようでもある。そして、人間の敵であるはずの魔王(大地真央)は側近(村上新悟)とともに、人間界の苦悩を和らげる策を次々と繰り出す。「え、魔界のほうがよくね?」と思わせるし、人間の浅はかさも炙り出す。

 RPGの世界ってことで、衣装も楽しい。やっつけ感があるかと思いきや、よく見るとすごく丁寧で洒落ている(大東の衣装は腰痛予防のコルセットっぽいが)。

 遊び心と社会性、皮肉と毒がテンポよく織り込まれた良質なドラマだ。よるドラは、いつも若さと新奇性に富んでいて驚かされるよ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2020年3月26日号掲載

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