広島「堂林翔太」、入団11年目で正念場…“プリンス”と呼ばれた男は覚醒するか

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「11年目の逆襲」となるのか。広島の堂林翔太が、2014年以来となる開幕スタメン候補に名乗りを挙げている。そのポジションは、サードでも外野でもなく、ファーストだ。

 中京大中京高では、エース兼4番として夏の甲子園優勝を果たし、ドラフト2位で広島に入団した堂林。日本文理高との決勝戦では、最終回に連打を浴びて途中降板となり、優勝会見で涙を見せた姿に高校野球ファンは心を打たれた。プロでは内野手に転向し、その経歴と端正な顔立ちから「プリンス」と呼ばれ、次代のスター候補として期待された。その素質とスター性に目を付けたのが当時の野村謙二郎監督で、プロ3年目の12年に三塁手として開幕スタメンに抜擢した。この年、144試合にフル出場を果たした堂林は、チームトップの14本塁打を放ち、低迷が続いていたチームに新星誕生を思わせた。

 しかしその反面、三塁の守備では両リーグワーストの29失策を記録し、打撃でも球団史上ワースト記録の150三振と課題も露呈した。得点圏打率も1割台と低く、それでも起用を続けた野村監督には批判の声もあった。当時の広島担当記者が振り返る。

「フル出場の翌年から監督の現役時代の背番号である7番を継承したが、そこから堂林は少しおかしくなってしまったような気がする。名球会入りした選手の番号を継ぐことは時期尚早という声もあったし、余計なプレッシャーになるのでは、と心配もされた。さらに言えば、野村さんが直々に譲ったというイメージも強く、ミスが多くても起用されるのは監督の身びいきと見る人も多くなり、周囲からの風当たりも強くなった」

 実際に13年は105試合と出場機会が減少し、打率は.217と大きく成績を落とした。守備でもスローイングの不安が解消できず、2年連続リーグワーストとなる19失策でレギュラーの座を剥奪された。外野手に挑戦した14年も93試合に出場したが、打撃面での成長が見られず、この年限りで野村監督は退任となった。長年、広島を取材する地元在住のスポーツライターが当時を分析する。

「野村監督はマンツーマンで打撃指導を行うなど、自らが抜擢した堂林への期待は相当なものでした。ただ、当時の飛ばない公認球で2ケタ本塁打を記録したことから、長打力を期待された指導になり、本人も強引に引っ張るような打撃が目立つようになった。堂林と言えば、高校時代に甲子園で放った右中間への本塁打が象徴するように、広角な打撃で反対方向への打球に非凡なものがある選手でした。それが豪快な一発を求める余りにスイングも大きくなり、打撃が狂ってしまったように思います」

 15年に緒方孝市監督が就任し、堂林の出番はさらに減った。丸佳浩(現・巨人)や後輩の鈴木誠也が主力選手に成長する中、その存在感は年々薄くなっていった。この間には外野での定位置も期待された年もあったが、ネックになるのはやはり打撃だった。外野手のレギュラーの条件について、首脳陣の一人がその重要性を強調する。

「外野手の場合、やはり打てることが一番大きな要因になる。確かに特出した走力があったり、守備でも走者が進塁を躊躇するほどの強肩があれば、定位置も狙える。堂林は走攻守で最低限のレベルはクリアしているが、そこまで特出したものはない。そうなると打撃で長打力や出塁率、打点。そういったものが、外野手のレギュラーに求められるものになる」

 その打撃面では、15年にチームに復帰した新井貴浩に師事し、打撃フォームの改造を繰り返した。シーズンオフには新井が精神鍛錬のために行っていた護摩行にも同行を希望した。新井は「護摩行をやったからといって、バッティングがうまくなる訳ではない」と断ったが、何度も懇願する姿に折れて17年から同行を認めた。

 それでも17年以降は打率2割台前半が続き、一軍到着もままならない状況が続いた。丸や菊池涼介らを指導し、リーグ3連覇の打線を築き上げた石井琢朗打撃コーチも「唯一の心残りは堂林を育てられなかったこと」という言葉を残してチームを去った。

 リーグ3連覇中は、複数のポジションに活路を見出すようになり、18年には一塁、外野での守備固めや代走などでチームのリーグ連覇に貢献した。しかし、プロ10年目の昨季は三塁再挑戦で原点回帰の年としてスタートしたが、曽根海成や三好匠らの移籍組やルーキー小園海斗など、若手内野手の台頭もあり、一軍定着後、最少となる28試合出場と自己ワーストの成績に終わった。

 崖っぷちのシーズンとなった今季は、オフに菊池涼介がポスティングによるメジャー挑戦を表明したこともあり、秋季キャンプではセカンドの練習もした。結果的に菊池涼介は残留となったが、今春キャンプの守備練習での堂林は、一塁から始まり、二塁、三塁と慌ただしくポジションを変えてノックを受ける姿が見られた。

 今季も複数ポジションをこなせるユーティリティーな存在と思われた堂林だったが、一塁のレギュラー本命だった松山竜平が春季キャンプ中に腰痛で戦線離脱となり、状況が一変した。

「一塁のレギュラー候補として、堂林の存在が大きくなっている。昨年、ウエスタンリーグ二冠王のメヒアは、メジャー実績がある新外国人で内外野を守れるピレラの存在もあり、外国人枠の問題で一軍に残れるか微妙な状況。松山が開幕に間に合わなければ、昨年まで主に三塁を守っていた安部友裕と堂林が、一塁の開幕スタメンを争うことになる」(前出の広島担当記者)

 オフの自主トレでは、年下の鈴木に打撃のアドバイスを請うなど、なりふり構わぬ姿勢で挑んだ堂林は、春季キャンプ後半の実戦3試合で10打数5安打と結果を残した。オープン戦でも初戦となった2月22日のヤクルト戦では途中出場で2安打2打点。翌日の阪神戦でも3打数3安打2打点をマークし、「強く振ることを意識してやっていることがいい結果につながっている」と充実した表情を見せた。

 ただ、松山が同27日に行われた社会人との練習試合で実戦復帰を果たし、いきなり本塁打を放つなど、開幕に間に合う可能性も出てきた。さらに、新型コロナウイルスの影響で開幕時期が延期となれば、堂林にとっては厳しい状況になることは間違いない。それでも開幕戦の相手となる中日の先発は左腕の大野雄大が内定しており、右打者の堂林が一歩リードしていると見る向きもある。求められるのは結果のみ。11年目に勝負をかける「プリンス」は、無観客で行われるオープン戦でアピールを続ける。

週刊新潮WEB取材班

2020年3月8日掲載

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