是か非か 神の領域に入った「着床前診断」

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自己決定権の範囲内

 このままでは、また妊娠しても流産するのではないか。そう考えて大谷医師のクリニックを訪ね、

「着床前スクリーニングを受けて正常卵をひとつお腹に戻し、無事に子どもを授かりました」

 と、あやなさん。

「結果についてはよかったと思っています。命の選別にはなるのかもしれませんが、2度も経験したあの辛い思いを避けることができたのですから」

 現在、子どもは1歳。その後、自然妊娠して今年、第2子が産まれる予定だ。かつての流産のこともあり、出生前診断を行ったところ、特に異常は見られなかったという。

 もうひとり、大森由香さん(43)はもともと、年齢的、肉体的にさらに差し迫った状況にあった。

「37歳で結婚し、すぐに子どもができると思っていたのですが、約2年間、子どもができず、不妊治療を始めました。タイミング療法から始めて、妊娠したと思ったら続けて2回流産し、年齢も考えてスクリーニングを受けることを決意したのです。ただ、手術が必要なほどの子宮筋腫を患ってもおりまして、採卵と手術の両方を同時に考えなくてはなりませんでした」

 採卵は毎月行った。が、受精卵が着床前の胚盤胞の状態までなかなか育たず、スクリーニングを受けることさえ叶わなかった。

「計11回も採卵を行ったうち、胚盤胞にいたったのはわずか3個。着床前スクリーニングを経て“合格”となったのは、たった1個だけでした」(由香さん)

 当時、由香さんは40歳。歳をとるにつれて正常な胚盤胞を得るのは難しくなるというのに、いよいよ子宮筋腫の手術を受ける日が近づいてきた。そこで1個の胚盤胞を凍結保存し、手術を終えて41歳になったとき、それをお腹に移植。42歳で赤子を産み、現在は1歳になる。

 由香さんが述懐する。

「不合格となった受精卵には、妊娠が継続しないことがはっきりわかる染色体の異常があり、凍結保存ができませんでした。しかし、もし妊娠が継続する可能性が少しでもある受精卵であれば、まず凍結保存を希望し、移植するかどうか悩んでいたと思います」

 そもそも命の選別という概念が生まれたのは、出生前診断にあたる羊水検査が日本で導入されたあとの1970年代に遡る。1998年に導入された着床前診断に関しても、まったく同じように命の選別にあたるとして批判が出た。

 しかし、2000年代に入って大谷医師による「染色体異常のせいで着床できない受精卵を選別しているだけで、命の選別にはあたらない」という主張が浸透を見せ、今では、

〈不妊治療、もしくは女性やカップルの幸福追求の範囲内にあり、個人の自己決定権の問題だ〉

 という考え方が一定程度の支持を得ている。

 だからといって、反対がなくなったわけではない。

 たとえば「グループ生殖医療と差別(旧・優生思想を問うネットワーク)」の利光惠子氏はこう語る。

「流産防止のための着床前診断であっても、結果として、命の選別であり、障碍のある人の排除につながることには変わりありません。それに流産による苦痛が回避されてもなお、着床前診断にもまた身体的・精神的苦痛が伴います。女性にとって不妊は辛いもので、それを否定するわけではありませんけれど、着床前診断とどう向き合い、命をどう捉えるのか、その議論が抜け落ちている気がします」

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