是か非か 神の領域に入った「着床前診断」

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不妊治療として

 現在、子どもは3歳。都内で家族3人仲良く暮らし、着床前診断を受けたことにはとても満足しているそうである。

「私たちの場合、捨てられた胚には染色体転座があり、ほぼ間違いなく流産につながるものでした。ですから、命を選別した、生きるはずの命を捨てたという感覚をもちにくいのだろうと思います」(隆さん)

 さてここで、命の選別の問題により踏み込む前に、いま述べてきたような着床前診断の諸要件が、新たな展開を派生させたことにも言及しておかねばならない。

 いささかややこしいことに、着床前診断とは別に、着床前スクリーニングなるものがある。

 着床前診断の実施が前出(1)を満たせば可とされたのは1998年。(2)が加わったのが2006年。歩みは遅く、しかも、安全性を懸念する学会はなかなか実際の許可を出さなかった。

 そうした最中の2004年、兵庫県神戸市の神戸ARTレディスクリニックの大谷徹郎医師により、着床前スクリーニングが行われていることが明るみに出た。

 この「スクリーニング」は現在、受精卵の染色体23組46本すべての異常の有無を調べ(=スクリーニング)、正常と判定された場合のみ子宮に戻す手法がとられている。

 着床前診断とは異なり、疾病や障碍が遺伝する可能性のある胚を“探し出して排除する”わけではない。問題なく着床するであろう良好な胚を見極めて母体に戻し、確実な妊娠と安全な出産につなげましょう、というのがその理念である。

 しかし、学会は厳しく問題視する姿勢を見せた。

 学会の許可なくやるとはなにごとか、条件は重い病気の遺伝リスクや流産リスクの回避のためと限定すべきで、広く不妊治療として運用するなどけしからん、というわけだ。

 母体に戻されない胚が生じる点では、着床前診断も着床前スクリーニングも同じ“選別”を行っているとも映った。

 大谷医師に話を聞いた。

「女性の年齢が上がるにつれ、受精卵の染色体の数に異常が現れる可能性が高まり、40歳の方で7割ほどに上ります。受精卵に染色体の数の異常があるとほとんど着床しませんし、着床しても大部分が流産してしまい、出産にいたりません。不妊治療を受ける方の平均年齢は30代後半~40代。ただでさえ時間がないのに、流産するとその前後を含め、約3カ月は何の手も打てなくなります」

 つまり、と続けて、

「女性の身体的、精神的な負担を避けるためにも、受精卵の段階で染色体異常を調べる着床前胚染色体異数性検査(筆者注・着床前スクリーニングのこと)は効果がある。染色体の検査を受けて異常なしとわかった受精卵を戻した場合の着床率は、検査を受けていない20代女性のそれより約1・7倍高いという数字が出ているんです」

 この「スクリーニング」について学会は結局、否定し続けるわけにはいかなくなった。現在もなお実施を認めてはいないものの、ひとつの臨床研究として進めることを是認する立場へと転換している。

 実際に着床前スクリーニングを受け、妊娠・出産した田中あやなさん(38)は次のように語る。

「私は2度流産しています。1度目の流産は妊娠12週を過ぎていたので、普通の分娩と同じく胎児を出産、死産となりました。そのときの辛さは今でも思い出します。やがて再度の妊娠にいたりましたが、今度は早い時期の流産でした。胎盤の病理検査をしましたら、ダウン症という結果が出たのです」

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