帝都復興計画を思い出して(古市憲寿)
長崎県の田舎をノルウェーの友人と歩いていた時の話。街の統一感のなさが話題になった。商店街も民家も、建物や屋根は色から形までバラバラ。ちらりと見えてしまう家の中も、とにかく秩序立っていない。畳の部屋にピンクのタンス、キャラクターもののカーペットといった具合だ。
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ノルウェーで訪れた友人・知人の家は、どれも統一感があり、僕の目から見ると「お洒落」だった。そのことを友人に話すと、そもそも家具屋やインテリアショップで売っている製品が違うのではないかという。北欧人だからお洒落と考えるのは間違いだというのだ。
確かにファッションに関しては、ノルウェーでは機能性重視の人が多い。一言でいえばダサい。このことからも、ノルウェー人全員に「お洒落」という感覚が備わっているわけではないことがわかる。
それにもかかわらずなぜスタイリッシュな家が多いのか。それは、ただの選択肢の問題なのかも知れない。ノルウェーの家具屋には「北欧風」といったシンプルな製品が多い。日本のようにおかしな色のタンスを買いようがない。その結果、家がお洒落に見えるだけではないか。そう考えると、日本の「ホームセンター」的なものが、田舎のダサさの元凶である気もしてくる。
実は今、この文章はパリで書いているのだが、この街も隅から隅までお洒落なわけではない。どう見ても支離滅裂なセンスをした雑貨屋や、情緒不安定な照明のカフェなどもある。それでも古い建物が多いから、街全体に統一感はある。
要はグランドデザインがしっかりしているから、多少のダサさが目立たなくなってしまうのだ。
近代日本の研究者からこんな話を聞いたことがある。明治時代、新しい都市計画を策定するにあたり、多くの政治家や技術者がヨーロッパを参考にしようとした。彼らはヨーロッパでは街作りの際に「調和」という概念が大事にされていることを知る。しかし、どんなに説明されても中々「調和」の意味がわからなかった。代わりにどうしたかというと、理解しやすい「清潔」を基本に街作りをしたらしい。
その傾向は現在も続いていると思う。日本の街はどこも清潔だ。あまり臭いはしないし、ゴミも落ちていない。ただし調和がとれているとは言いがたい。
挽回のチャンスはあった。有名なのが後藤新平の帝都復興計画である。1923年の関東大震災で荒廃した東京を大規模に改造しようとした。だが破格の予算がかかることや、地権者の反対運動に遭い計画は頓挫してしまう。ちなみに、後藤の目論見通りの東京が完成していれば、東京大空襲の被害も大きく減っていたらしい。
まあ、これでいいんだという考え方もある。都市の改造にはお金も時間もかかるが、色とりどりの看板設置を制限するだけで日本の街並みはだいぶ変わるだろう。しかし、この雑多さがいいと割り切ることもできる。
しかも調和と地味は紙一重。たとえば「週刊新潮」の表紙のように。


