織田信成が明かす監督辞任劇の舞台裏 「僕は“関大の女帝”に排除された」

スポーツ 週刊新潮 2019年10月31日号掲載

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僕は“関大の女帝”に排除された――「織田信成」初激白(1/2)

 フィギュアシーズンの到来を喜ぶファンも、あの不可解な辞任劇には首を傾げたはずだ。突如として「監督」の座を追われてしまった織田信成(32)。その真相は、「関大の女帝」による“排除”に他ならなかった。「氷上のお殿様」が初めて明かす銀盤の舞台裏とは――。

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 バラエティ番組で見せる飄々としたキャラクターは一切窺えなかった。

 週刊新潮の直撃に困惑した表情を浮かべた織田信成は、しかし、記者の言葉にじっと耳を傾け、ついに重い口を開いたのだった。

「僕が関西大学アイススケート部の監督を引き受けたのは、芝井敬司学長と“濱田先生”から粘り強く説得されたからです。指導者になることは僕にとって大きな夢でした。だからこそ、芸能活動を制限して指導に専念できる環境を作ってきました。それなのに、こんな形で母校のリンクを去ることになってしまった。本当に残念でなりません」

 続けて、大騒動に発展した「監督辞任」の理由について質すと、声を絞り出すようにしてこう答えた。

「直接的な理由は“濱田先生”から受けた度重なるハラスメント行為、つまり嫌がらせです。そのせいで精神的に追い詰められ、3カ月間リンクに行くことすらできませんでした……」

 本人の口から初めて明かされた真実。織田の目は薄(うっす)らと涙を湛えていた――。

 騒動の舞台となった関大アイススケート部は日本有数の「名門」として知られる。荒川静香や浅田真央らを指導した佐藤信夫氏を筆頭に、高橋大輔、町田樹(たつき)、さらに平昌五輪で4位入賞した宮原知子(さとこ)といった、日本フィギュア界を代表する顔ぶれが輩出。バンクーバー五輪に日本代表として出場した織田もそのひとりだ。

 そして、宮原をはじめ、昨年のGPファイナルで優勝を果たし、名実ともに「日本のエース」となった紀平梨花をジュニア時代から鍛え上げたのが、織田の発言に登場する、濱田美栄コーチ(60)なのである。

「関大の女帝」の異名をとる彼女と、「氷上のお殿様」との確執を詳しくお伝えする前に、まずは一連の騒動をおさらいしておこう。

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