「ヘルプマーク」を付けた彼が、電車の中で怒鳴り声を上げたやり切れない理由

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「弱者」が「加害者」になった瞬間

 まだここまでヘルプマークが認知される前、内部疾患を患っている友人が主にネット上でヘルプマーク認知の啓蒙活動を行っていた。その活動を支援している当事者の中には、ペースメーカーを入れているため、携帯電話や電子レンジに15cm以上近づけないので、満員電車内ですぐ側でスマホをいじっている人がいると一旦次の駅で降りるという苦労を語っていた方もいた。

 そして、ヘルプマークはまだ一部の駅や医療機関などでしか手に入らない。そのため、特に地方の方だと欲しくても手に入らない場合もある。

 そんな問題が浮上しているさなか、ヘルプマークがメルカリで大量に転売されている事実が明らかになり、ヘルプマーク利用者たちの間でちょっとした騒ぎになっていた。無料で手に入るものなので、出品者は楽してお小遣い稼ぎができる。そして、欲しいのに近くに配布している機関がない人にとってはありがたい。しかし、本来無料のモノを転売するという行為はいかがなものかと思う。

 また、無料配布で何の審査もない点も、不正を行う人がいないか、性悪説前提で捉えてしまう自分もいる。

「めったに発作は起こらないけど、もしものときのためのお守り代わり」として付けている人もいるのでそれは否定しない。しかし「ヘルプマークを持っているので怖いものなし」と認知が歪んで問題行動を起こしてしまうと、本当に必要として使っている人が使いづらくなってしまう。

 人はいつ「弱者」になるか分からない。今私は自宅のデスクでこの原稿を書いているが、トイレに立った瞬間に足にまとわりついてくる飼い猫につまずいて転んで打ちどころが悪く、車椅子生活になるかもしれないし、今夜の晩酌のビールを買いにコンビニに出かけたところで交通事故に遭って重い後遺症が残るかもしれない。だからこそ、自分が「弱者」になったときの「もしも」を想定して柔軟な思考を持つよう心がけたい。

 また、環境によっても「弱者」のヒエラルキーは変わる。かつて事務職の会社勤めをしていた頃の自分は弱者だった。発達障害の特性上、仕事がまったくできず、経済的にも困窮していた。

 しかし、ライターに転職したら少なくとも「弱者」ではなくなった。しかし、顔出しで活動する女性ライターということで、下心のある変な男性に絡まれることはよくあるので、その面では自分は「弱者」だと感じている。

 電車内で怒鳴った男性の事件は、「弱者」が「加害者」になった瞬間だった。

 自己責任論が蔓延するこのご時世、弱者は虐げられる場面が多い。また、自分が「弱者」だと気づかないまま不満が募っている人もいるだろう。そうなると怒りが溜まっていき、「もう背負いきれない!」と限界を感じたとき、放り投げて加害者に変貌してしまう。今の世の中、「弱者」の対義語は「強者」や「権力者」ではなく、「加害者」なのかもしれない。

 ただ、必ずしも「弱者」が全員「加害者」になるわけではないことは強く主張したい。身体や精神に障害や疾病を抱えていたとしても、社会との関わりがあれば加害思考を生むことを防げる。しかし、「弱者」であるがゆえ、差別や偏見から社会との関わりを遮断されてしまっている人もいる。そのような人は表面化されないので、SOSを汲み取りにくい。

 そんな中、一番手っ取り早く「弱者」を見つけられるのはTwitterをはじめとするSNSだ。Twitterには夜な夜な「死にたい」とつぶやいている人や攻撃的なツイートをしている人がいる。私が初めてヘルプマークについて知ったのもTwitterだった。使い方によっては心の拠り所になるSNS。しかし、一歩間違うとネット上での「加害者」にもなってしまう。

 電車内でキレたヘルプマークの男性の怒鳴り声は怖かった。しかし、その怒鳴り声の裏には彼のやり切れない怒りと孤独が潜んでいたのかもしれない。

バックナンバーはこちら https://www.dailyshincho.jp/spe/himeno/

姫野桂(ひめの けい) 宮崎県宮崎市出身。1987年生まれ。日本女子大学文学部日本文学科卒。大学時代は出版社でアルバイトをして編集業務を学ぶ。現在は週刊誌やWebで執筆中。専門は性、社会問題、生きづらさ。猫が好き過ぎて愛玩動物飼養管理士2級を取得。著書に『私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)、『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)。ツイッター:@himeno_kei

2019年9月13日掲載

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