少年野球の現場で悩む父親ライターの正直な報告 「野球医学」のドクターに「全力投球」のリスクを学ぶ

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投球障害には5つの要素が関係している

「野球肘の問題は、選手と指導者の関係、つまりコーチングに関わるものです」と馬見塚さんは言う。

 指導者が「全力で投げろ」と言い、選手は「痛いです」と言えない環境が、往々にして少年野球にはある。

 そこで馬見塚さんの野球肘に関わるロジックの全体像を整理すると——

●野球肘の予防には投球数の制限だけでは不十分。投球強度、投球フォーム、コンディショニング、個体差と合わせた5要素を考慮する必要がある

●投球数以外の要素(投球強度など)は、選手の感覚に基づくため、選手と指導者の関係をフラットにとらえる、選手の考え方を尊重するなど、新時代のコーチングを大人が学ばなければならない

●コーチングには自己決定理論と動機づけの関係、ティーチング、パートナーシップ、アンガーマネジメントの手法などがあるが、これに加えて社会の変化に伴う考え方(ダイバーシティ、個の尊重etc.)も身につける必要がある

●野球のコーチングは子どもが生きる未来にも通用する方法でなければならない。昭和のコーチング法の一部は、通用しなくなっている

 ここまで読むだけではむずかしく感じるかもしれない。

 筆者の場合、「全力投球=がんばること」と置き換えてみて、すっと腑に落ちるものがあった。

「ガンバリズム」が怪我を招く

 日本はガンバリズムの社会だと言われる。がんばって達成した成果より、がんばっていること自体を評価する空気がある。

『大辞林』によると「ガンバリズム」とは、「何がなんでも頑張ること。頑張り主義。努力主義」である。

「『あいつはがんばったからよかった』と、結果より全力を出したことを評価してきたのが従来の日本社会です」(馬見塚さん)

 がんばること自体を評価すると、必然的に全力(今回で言えば全力投球)を奨励することになる。

 さらに馬見塚さんが言う。

「『がんばること』が意味するのは、車で言えば『アクセルを全力で踏むこと』です。でも目的地に到着するには地図が必要だし、当然ハンドルやブレーキも操作しなけれならない。そもそも車体の剛性も必要です」

 車体=体、剛性=強さであるが、でも全力で突き進むだけでは適切な結果(プレー)が得られないし、事故(ケガ)を招く危険性がある。

 ここで筆者は考える。

 剛性が低いなら、わかりやすく投球数を減らしたらどうか。それで少年野球でも投手の球数制限が導入されているのだろうが、前述のように投球数の制限だけでは野球肘予防にはならない。

「球数だけに注意を払うのは、試験が5教科あるのに、数学の結果だけで合否を決めるようなものです」という馬見塚さんのたとえは非常にわかりやすい。

 でも「ケガ予防のため、全力で投げません」と所属チームで言ったら、「そんなんじゃうまくならねえぞ」と一蹴されそうである。

 ただ「全力」は上達にも悪影響を及ぼすらしい。

「全力でやらないと上達しないというのは先入観に過ぎません。全力のときに使う筋肉(白い筋肉)は、出力の調整がしにくいんです。新しい動きを覚えたり、正確なコントロールを身につけるには向きません。ゆっくりと体を使う、つまり微妙な出力調整のできる筋肉(赤い筋肉)を使わないといけないんです」(馬見塚さん)

 では「全力で投げろ!」と言って、暴投した選手を責めたりしたら矛盾である。微調整できない投げ方をさせているのだから——。

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