北朝鮮への「横流し疑惑」で、韓国半導体産業の終わりの始まり

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傲慢な日本と強引な米国

――日本の輸出管理強化の背景には米国がいる……。

鈴置: 安全保障の専門家にはそう見る人が多い。1980年代に圧倒的な強さを発揮した日本のメモリーが一気に衰退し、韓国メーカーに市場を奪われたのを思い出して下さい。

 米政府はありとあらゆる手を使って日本に圧力をかけました。日本は輸出価格を引き上げさせられたうえ、自国市場での外国製半導体のシェアを20%に引き上げる、といった約束を飲まされました。

 米政府はこれにより日本メーカーのシェアを落としました。その隙を狙って韓国企業が急伸したのです。

――米国は強引だったのですね。

鈴置: 当時の、バブルの頃の日本や米国の空気を知らない人はそう思うでしょうね。日本は多くの工業製品で米国製品のシェアを奪い、飛ぶ鳥落とす勢いでした。

 日本人の鼻息も荒く、今の中国人や韓国人を見る感じでした。日米経済摩擦が激しくなる中で書かれたのが『「NO」と言える日本』(1989年1月)です。

 著者はソニーの創業者の盛田昭夫氏と、当時は衆議院議員だった石原慎太郎氏。この本にはこんな一節もあったのです。

・仮に日本が、半導体をソ連に売ってアメリカに売らないと言えば、それだけで軍事力のバランスががらりと様相を変えてしまう。そんなことを考えるのならアメリカは日本を占領する、とあるアメリカ人たちは言っています(14―15ページ)。

 もちろん、日本はソ連に半導体を売りませんでした。米国は日本を再占領もしなかった。でも「米国離れする日本」によるメモリーの独占は阻止したのです。

「米国の陰謀」から目をそらす

――韓国人は「米国の陰謀」に気づいているのでしょうか?

鈴置: 「日本の陰謀」に関しては語り始めました。サムスン電子はメモリーからシステムLSI(大規模集積回路)など、非メモリー分野に経営の重心を移そうとしています。

 日本が今回、輸出管理を強化するレジストは「メモリー製造用ではなく、システムLSIを作るのに必要な水準の品目である」と韓国各紙は書いています(「日本の輸出規制、韓国では『単なる報復ではなく、韓国潰し』と戦々恐々」参照)。

 要は、日本の措置はサムスン電子がライバルに育つのを阻止する狙い、と韓国の専門家は見始めたわけです。ただ、「米国の陰謀」とまで報じたメディアは、ほとんどありません。

 そう書いてしまえば、今回の日韓半導体戦争で米国が韓国の味方をしてくれない、と書くのと同じになってしまう。さらには安全保障面でも「米国に見捨てられる」ことを意味します。「もっとも見たくない現実」から、韓国人は目をそらしたいのでしょう。

ロケット砲の射程に入った主力工場

――次の政権が保守派に戻ったら?

鈴置: 仮にそうなっても、半導体の世界での「韓国離れ」は起きるでしょう。

 北朝鮮が最近、300ミリの8連装ロケット砲を配備した模様です。5月4日、北朝鮮がロシア製の「イスカンデル」と見られる弾道ミサイルを試射しました(「文在寅は金正恩の使い走り、北朝鮮のミサイル発射で韓国が食糧支援という猿芝居」参照)。

 その時、同時に撃ったのが300ミリのロケット砲と思われます。射程は200キロ超で、GPSによる精密誘導が可能とされています。在韓米陸軍の主力基地である京畿道・平沢(ピョンテク)と隣接する烏山(オサン)空軍基地を攻撃するのが主な目的です。

 ただ、この300ミリロケット砲の射程圏にサムスン電子の主力工場である平沢工場と、SKハイニックスの主力の清州(チョンジュ)工場(忠清北道)が十分に入ってしまうのです。

 米国は北朝鮮を非核化するために、いざという時は中国との国境沿いの核基地に対する先制核攻撃も辞さない構えです(「米国が北朝鮮を先制攻撃するなら核を使うか? その時、韓国は? 読者の疑問に答える」参照)。

 その際、北朝鮮は軍事境界線沿いのロケット砲・長距離砲部隊で反撃します。ロケットや砲弾は迎撃ミサイルでは撃ち落とせません。

 韓国の、世界の主軸メモリー工場はかなり危ない場所に立地しているのです。政権が保守か左派かには関係なく、韓国の2社は半導体ユーザーにとって「危険な会社」なのです。

――米国が北朝鮮を先制攻撃するとは限りません。

鈴置: :しかし、この「危険な2工場」を放置しておけば、つまり西側の脆弱性をそのままにしておけば、北朝鮮に対する威嚇が効かなくなります。北朝鮮は「先制攻撃したいならやってみろ。世界中でメモリーが足りなくなるぞ」と言えるのです。

半導体の衰退は韓国の衰退

 それに保守といっても、韓国の保守は中国の顔色を見る人ばかりです(『米韓同盟消滅』第2章「『外交自爆』は朴槿恵政権から始まった」参照)。

 保守派の韓国だって中国の衛星国に戻っていきます。そうなればメモリー生産の半分を中国がコントロールすることになります。

 世界の半導体ユーザーも米政府も、それは望まない。韓国以外の場所で、韓国資本以外が半導体を製造する体制を構築したいと思うのは当然です。

 今回の日韓摩擦を期に、韓国の半導体産業が衰退の道をたどる可能性が出てきました。半導体の輸出は韓国の全輸出の20%を占めます。サムスン電子の時価総額は韓国市場全体の20%以上。半導体産業の衰退は韓国の衰退に直結します。

――日本政府の今回の措置は韓国政府を攻めるのではなく、韓国の基幹産業を攻撃するのが目的なのですね?

鈴置: 少なくとも結果的にはそうなりそうです。文在寅政権は日本にどんなに痛い目にあわされようと、譲歩するつもりはないでしょう。結局、韓国の半導体産業が身代わりに痛めつけられるわけです。

 ただ、日本がそこまで図ったかどうか。日本政府にそんな戦略性があるとは考えにくい。でも、米政府なら、そこまで謀るはずです。

――つまり、今回の事件の黒幕は米政府?

鈴置: そう見えます。証拠は持っていませんが。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年7月12日掲載

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