警察を敵視していたあの頃…職質の思い出(中川淳一郎)

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 予備校に通っていた頃、小論文の講師から「天皇制は平等の精神に反する」「警察権力は敵だ」などと聞かされていました。大学に入ってからも活動家あがりのオッサンから「大学の中に警察が入ることは断固として許せない。国家権力は自治の権化たる大学に入り込むな」と、その革命思想を刷り込まれてきました。

 若い頃は、そうやってアプローチしてくるオッサンに対し、「その通りだ!」なんて思っていたのですが、天皇家に対しても警察に対しても今は何も異議を唱える気はありません。洗脳が解けたのかな、と思います。

 もっとも、32歳ぐらいまでは「警察は権力の犬」「警察は監視機能をもった暴力装置」みたいなことを考えていたので、警官を勝手に敵視していました。だから、朝まで飲んだ後、酔っ払って歩いている時に警官と目が合い、ササッと方向を変えて逃げたこともある。

 早歩きで逃げたら警官2人は走って私を追いかけてくるではありませんか。「止まりなさい!」と言われ、そこから職務質問開始です。

「なんでオレに職質するんですか?」

「突然目を逸らし、逃げたからです。やましいことがあるのでは、と思ったのです」

「別に、この職質に協力しないでもいいんですよね。こういうのはあくまでも任意ですよね?」

 完全に警察を権力の犬・市民生活を脅かす害悪扱いした中2病的発言です。しかも「弁護士が来るまで黙秘します」なんて、弁護士の知り合いがいないにもかかわらず言う始末。

「ダンナさん、協力していただけませんか? 荷物を見せていただけませんでしょうか」

 警官がこう懐柔策を取ってきたので、ブスッとしながらリュックを渡しました。すると、リュックの後ろにあるポケットからティッシュペーパーにくるまれた「何か」が見つかりました。警官たちに緊張が走ります。

「コレ、何ですか? 開けていいですか?」

「どうぞ、勝手にやってください」

 ティッシュを開けたところ、警官は「うわっ!」と言い、その包みを地面に落としてしまうではありませんか。一体何が入っていたのかといえば、1次会で行った店で注文した「イナゴの佃煮」だったのです。

 警官は、ティッシュの中に大麻か覚醒剤でも入っていると思ったのかもしれません。しかし、出てきたのはまさかの虫です。これにギョーテンし、大麻や覚醒剤だったら取り乱さなかっただろうに、イナゴ如きで、動揺のあまり路上に放り出してしまった。こうなったら私もすかさず反撃です。

「帰ったらこのイナゴでお茶漬けを作ろうと思っていたんですよ。これ、注文した分の残りの220円分ぐらいなんですが、弁償してもらえます?」なんてことを言ったら警官は「申し訳ありません」と言う。

 こちらとしては職質から逃れたかっただけなので、これにて無罪放免でサンキューという感じです。

 そんなふうにほんの13年前まで警察を敵視していた私ですが、今は彼らに感謝しています。何せ今の事務所は安倍首相の私邸近くにあるため、警官がそこかしこに立っている。まさに「無料セコム」状態で、安心な日々を送っているのでした。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2019年7月4日号掲載

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