天皇陛下と米大統領 機密文書で読み解く32年前の「プリンス・アキヒト」米国訪問

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 5月25日に来日する米トランプ大統領は、令和初となる国賓である。新天皇皇后両陛下との会見が注目されるが、では、米国はこれまで天皇皇后両陛下をどう迎えたのか。

 反日感情の機運が高まる最中に行われた1987年10月の訪米は、特筆すべき行啓であるかもしれない。当時皇太子だった上皇陛下は、美智子さまと共にかの地を訪れ、アメリカ人は最大限の敬意をもって迎えた。機密指定を解除された「皇室ファイル」を繙くと、彼らの様々な思惑が見えてくる。

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 その時、上皇の声は、まるで感情の高ぶりを抑えるため、微かに震えているように聞こえた。

「私は即位以来、日本国憲法の下で象徴と位置付けられた天皇の望ましい在り方を求めながらその務めを行い、今日までを過ごしてきました。譲位の日を迎えるまで、引き続きその在り方を求めながら、日々の務めを行っていきたいと思います」

 昨年末に皇居で開かれた天皇誕生日に際しての記者会見、平成最後の会見という事もあり例年以上に注目を集めた。手にした紙に目を落として、よく通る落ち着いた声で、自らの歩みを振り返るように語っていく。

「平成の時代に入り、戦後50年、60年、70年の節目の年を迎えました。先の大戦で多くの人命が失われ、また、我が国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました」

 その元号の響きにも拘わらず、30年に亘った平成は、日本と世界にとって激動の時代として歴史に刻まれるだろう。

 元年にベルリンの壁が崩れて東西冷戦が終結すると、日本では永遠に続くかと思われたバブル景気が崩壊し始めた。かつては盤石とされた大手企業や老舗が次々と破綻し、重く停滞した空気が世の中を覆っていく。そして、海外では民族や宗教による対立が激しくなり、無差別テロで数多くの犠牲者が出た。

 戦後の天皇は日本国の象徴に過ぎず、政治的権限は持たないとされたが、その中で上皇は何を考え、どう行動してきたのか。幸い、英米では一定期間を経た膨大な公文書が機密解除されるが、それらを読むと、各国が国益のため天皇を最大限利用した事、そして国際政治で皇室が政府の持ちえない外交チャンネルとして機能したのが分かってきた。この数十年で機密指定を解かれた「皇室ファイル」から、その実相を繙きたい。

 昭和が終わる2年前の1987年6月27日、レーガン政権の国家安全保障会議のメンバー、フランク・カールッチ大統領補佐官に一通のメモが届いた。この会議は大統領に対して国防や外交分野で助言や政策立案を行う、ホワイトハウスの中枢と言える。

 国務省からの文書のタイトルは「皇太子夫妻の公式訪問」、その年の秋に米国を公式訪問する皇太子夫妻を迎える準備についてだった。

「皇室は日本の統治では実質的な役割は持たないが、日本国民の象徴として敬意を表するのが重要だと信じる。アンドリューズ空軍基地との移動に大統領専用ヘリコプターを提供すれば、米国政府による配慮と歓迎のジェスチャーとして受けとられるだろう」

 その2カ月後にも国務省は、カールッチ補佐官に夫妻の訪問の重要性を訴えるメモを届けている。

「皇太子が外国を訪れる際は、実際上、彼を日本を代表する元首と見なすべきである。天皇は85(ママ)歳になり、1975年に訪米してから日本を離れておらず、皇太子が名代として頻繁に他国の指導者や君主との相互訪問を行ってきた」

 まだ昭和が終わってもいないのに、すでに米国が皇太子を「元首」扱いしていた理由、それは昭和天皇の健康問題だった。

 国務省がカールッチ補佐官に2度目のメモを送った翌月の9月下旬、東京の宮内庁が衝撃的な発表を行った。その年の夏から体調を崩していた天皇の腸に疾患が見つかり、急遽、開腹手術を行う事が決定したのだ。春の誕生日の宴会で食べた物を戻してから食欲不振を訴えていたが、レントゲン撮影の結果、腸の一部に通過障害があるのが判明した。

 後に、それは膵臓癌だったと明らかになるのだが、この時点で米国政府が天皇の真の病状を把握していたかどうかは分からない。ともあれ、すでに彼らは昭和の終わりを予感し、ポスト裕仁を想定し始めていた。

 だがそうは言っても、まだ即位もしていない皇太子の訪米を、なぜ、わざわざ国家安全保障会議で取り上げるのか。その裏には当時、日米の間に横たわった深刻な貿易摩擦があった。

 戦後の日本は目覚ましい復興と経済成長を遂げ、米国に次ぐ経済大国として繁栄を謳歌したが、それに伴って膨れ上がったのが対米貿易黒字である。

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