【4月に予想】元号またぎは地味だったのでは(古市憲寿)

社会週刊新潮 2019年5月16日号掲載

  • 共有
  • ブックマーク

 令和元年いかがお過ごしでしょうか。

 この原稿を書いているのは平成31年4月なので、予想が外れていたら恥ずかしいのだが、平成から令和に変わる元号またぎの瞬間は、そこまで盛り上がらなかったのではないかと思う。

 本当は30年ぶりの改元なのだから、毎年訪れる年末年始よりはビッグイベントのはずである。しかしカウントダウンライブのような催しも少なければ、紅白歌合戦のように派手な番組が放送されるわけでもない。要は地味なのである。

 理由はいくつか考えられる。まず「さよなら平成」キャンペーンが長く続きすぎたから。平成を振り返る特集は、この1年以上、様々な媒体で組まれてきた。『平成くん、さようなら』という小説が芥川賞候補になったほどである。

 そして「令和」発表の瞬間に、改元は一つのピークを迎えてしまった気もする。その日に元号が変わってしまうと信じていた人も多かったようだ。

 また4月30日や5月1日には皇室の儀式こそ執り行われるものの、大嘗祭やパレードなど派手な行事の挙行は秋の予定。あんまり「令和くん、こんにちは」という感じでもない。

 さらに、譲位による改元というのは現代人にとって初めての経験。そもそもお祝いをしていいのか。その場合、何を祝えばいいのか。日本ローカルの行事であるため、海外でイベントに参加するといったことはできない。もっとも10連休は海外で過ごす人も多いようで航空券は高騰している。

 改元は、新年や誕生日のようなイベントと違って、祝福の形式が定まっていない。シャンパンで乾杯とか、ケーキを用意するとか、よくある祝い方を流用するのは簡単だが、本当はもっと改元にふさわしい寿(ことほ)ぎ方がありそうな気もする。

 平成最後の日没と令和最初の日の出を見るために富士山にでも行こうかと思ったら夏しか登山できないらしい(そもそも普段から運動嫌いなのだから、気軽に富士山になど行こうとするなと友人から言われた)。タイムカプセルを埋めたり、花火を打ち上げたり、様々な案は練っているが、どうもしっくりこない。実際に僕が何をしたかはあらためて報告したいと思う。

 令和元年に合わせたわけではないが、この連載が100回を迎えた。約2年間続いた計算になる。連載をまとめた新潮新書『誰の味方でもありません』も、平成の終わりに出版された。つまり、ついこの間である。

 連想ゲームのようになってしまうが、100といえば「百の夜は跳ねて」という新しい小説を書いた。現在発売中の雑誌「新潮」の6月号に掲載されている。高層ビルのガラス清掃員を主人公にした物語だ。

 記念すべき改元や連載100回を迎えたエッセイなのに宣伝ばかりになってしまった。慶事や節目というのは商売と相性がいいのだろう。改元の瞬間に何もしなかった人は、お祝いだと思って僕の本を買ってくれてもいい。御利益があるかどうかは知らない。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。