元アイドル「甲斐智枝美さん」の自死 “ポスト山口百恵”の暗転人生【平成の怪事件簿】

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 昭和のお茶の間に定着した“アイドル”は、平成の時代で、より変容を遂げ、人々に受け入れられていった。甲斐智枝美は、2つの時代で注目を集めた存在である。昭和では期待の新人アイドルとして。平成では早すぎた死を選んだ“元アイドル”として……。(降籏学 ノンフィクション・ライター)

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 訃報を伝えるニュースが囲み記事程度でしか報じられなかったのは、死亡したのがブラウン管から姿を消して16年にもなろうとする“元アイドル”だったからなのかもしれない。
 
 新聞各紙はいずれもその死を“急死”と告げ、死因についても“心不全”と記しただけだった。第一報が報じられたのは、葬儀の当日にあたる平成18年7月12日のことだ。
 
 ところが、翌13日になり、死因が“自殺”と判明してからは、ワイドショーをはじめマスコミ報道も熱を帯びてくる。
 
 亡くなったのは、アイドル時代“チェミィ”のニックネームで親しまれた甲斐智枝美(本名・長谷部智枝美)。享年43。甲斐は2児の母になっていた。

 当初、新聞各紙が“心不全”と報じたのは、遺族が事実を伏せたからだろうことは想像に難くない。甲斐は、長男を出産した後に不整脈が出るようになり、自死の数年前にも心不全で2週間の入院を余儀なくされていた。病死と報じられても何ら不自然ではなかったのである。
 
 だが、元アイドルが自ら命を絶ったとなれば話は違ってくる。
 
 自死の原因についてはさまざまな憶測が流れたが、葬儀の席で、夫の長谷部徹さんは記者団にこう話している。

「疲れていたのかもしれませんが、前兆というものはなかったと思います」(「女性自身」平成18年8月1日号)

 不意に愛妻を失った動揺からなのか、それとも自殺の事実を押し隠そうとする苦悩からか、長谷部さんは言葉少なに会見を終わらせたという。

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