10代「ゴスロリカップル」の親殺し 2人が耽溺した虚構の世界とは…【平成の怪事件簿】

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「破滅への恋路」

 友人らが知る、中学、高校を通じての彼(大学生)は、問題行動とは無縁のいたって生真面目な生徒だ。幼いころから剣道になじみ、学校での成績はずっと上位につけていた。マスコミ関係の仕事を望んでその春に進んだ大阪芸術大学は、第1志望校だった。
 
 ただ、高校3年生ぐらいから外見に「ゴス」嗜好が露出しはじめ、次第に態度が変質していく。ある友人は、「このころから、他人の意見を受け入れず、人を見下すような会話をするようになりましたね」(「女性自身」同年11月25日号)と振り返る。バイト先のガソリンスタンドの女性従業員は、「未遂やけどね」と、彼がリストカット痕を得意げに見せたことを、よく覚えていた。
 
 しかし捜査陣やメディアは、事件のキーパーソンとして、実際に行動をおこしたこの大学生より、むしろ高校生の少女に深い関心を寄せた。
 
 両親ともに教諭という家庭環境に生まれ育った彼女は、祖母と妹を加えた5人家族の長女だった。自宅は、郊外の新興住宅地にあり、大学生の家からは、直線距離にして10キロほど離れていた。
 
 曇りのない家庭環境、仲むつまじく見える家族、学校の優等生であったことは、両人ともよく似ている。だが地味めな彼に比べると、むしろ彼女は、大人びて整った容姿と抜群の成績で注目に足る雛壇の存在だったといえよう。
 
 その彼女が中学2年の夏に、洗剤を飲み込み自殺未遂を引き起こした。友人らは失恋が原因だと語っているが、真相ははっきりしていない。
 
 いずれにせよ、そのころから彼女は日常的に腕を切り、自分の外見と人格を、意識的に黒ずんだ「ゴスロリ」調に塗り替えていく。また、ホームページ「禁忌の接吻――婦女子の悦び」を開設し、自分をモデルにした画像や日記、小説、詩を公開しはじめている。そのどれにも、拙いながらグロテスクな死のにおいが充満していた。たとえば「無理心中」と題する詩で、彼女はうたう。

「さあ死にませう 死にませう/アタシは貴方を殺したいのよ/呪殺だらうが毒殺だらうが/殺す 殺す(以下略)」

 詩には、切り裂かれたり潰されたりする「内臓」や「脳」も登場する。

「Yeah!めっちゃ内臓/ウキウキなオペ希望/Yeah!ズバッと切開/ノリノリで解体」

「流血写真館 発熱! 解体ショー」と題したぺージで、エスカレートする自傷の場面を数日間にわたって披瀝したこともあった。

 母親同士が大学時代のサークル仲間だった縁で、幼いころから互いをよく知っていた大学生と少女が恋仲になったのは、その年の9月だった。HPの日記に、跳ね出しそうな一文がある。

「マジで人生って楽しいね。よくこんなポジティブになったもんだ、私よ」

 公園やファースト・フード店で、恍惚と語り合うふたりは、互いに相手の触媒となり、それと気づかぬうちに、こみ上げる悦びを排他的な殺意へと化学反応させていく。交際から1カ月。供述によれば、ふたりの問に、どちらからともなく「家族殺し」の話題が持ち上がった。
 
 日記にも、陰りの色が濃い。

「絶対、私は生まれる星を間違えた/でなければこんなに生き難いはずがない」

 だが自滅の種が蒔かれた傍らでは、結婚話が芽吹いていた。犯行前日、少女は大学生にプロポーズされたことを、楽しげに友達に話しているのである。
 
 もしかしたらふたりは、恋人というより、一種の同志だったかもしれない。

「破滅への恋路」なる詩に彼女は綴る。

「此れから先/繋いだ手が/離れそうになったらば/嘘迄吐いて/後味悪く/別れるよりは/2人で死んでしまいましょう」

 やっと巡り会った同志を失うことを極度に恐れたふたりは、唯一無二と信じた幸福な時間を死守することに憑かれていく。であれば、ふたりでつくりあげた虚構の世界からまっさきに除けられた俗物が、主要な生活空間に居座る家族であったとしても、不思議とはいえまい。たぶん、「家族殺し」と「結婚」は、絶対の同志愛を確かめるための対の神具だった。それが濃密な殻のなかで、信頼の象徴でなく、果たされるはずの現実に姿を変えていった……のではなかったか。
 
 大阪家庭裁判所の決定を検察が受け入れ、大学生と少女の、保護処分となる医療少年院送致が確定したのは、事件から5カ月後の平成16年4月だった。大阪地検が行った簡易精神鑑定では、両者とも「責任能力あり」との見解が示されていたが、被害者である家族の意向を汲んで検察官送致(逆送)は見送られた。
 
 家裁が公開した決定要旨には、大学生の「妄想的な対人認識」「強迫性」、少女の「自己能動性の感覚の低下」「離人症状や現実感の喪失」といった性向が並べられていた。だが、両者の家庭環境や過去への具体的な言及は避けられていた。
 
 処分を言いわたされた少女は、付添人の弁護士に感想を聞かれ、ひと言「これでいいです」と応じた。終始、平静な態度で調べに応じてきた彼女とは対照的に、逮捕当時は動揺を隠すことができなかったという大学生の反応については、まったく伝えられていない。

駒村吉重

週刊新潮WEB取材班

2019年4月24日掲載

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