【平成最凶の事件簿5】堕ちていく男と女、タクシー運転手「日高」がネクタイを外すとき

社会 2019年4月19日掲載

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 平成8年5月6日、広島市郊外の農業用水路の土管の中から、10代と見られる女性の腐乱死体が見つかった。呉市の県立高校定時制に通う1年生(16)。少女の姿は時折、「西日本一の歓楽街」と言われる広島・薬研堀周辺で目撃されていた。その目的は同年の流行語大賞にもノミネートされた「援助交際」、“客”を探すためだった。

 広島市内のタクシー運転手・日高広明(34)は半月ほど前、薬研堀にある新天地公園で少女に声をかけ、自らが運転する車中に招き入れていた。2万円を渡し、ホテルへ。少女は〈父親の借金を返済するため大阪から働きに来た〉〈いま、現金10万円を持っていて、これで借金は完済する〉と口にしていた。日高はサラ金に350万円の借金があり、少女の所持金を狙おうと考えたのだった。

 ホテルからの帰途、タクシーの中で日高は少女を手にかける。13の殺人事件をルポした『殺人者はそこにいる』はその時の様子を、捜査資料と法廷での証言をもとに描写している(以下、引用は同書)。

〈前方に呉市の街明かりが見える。躊躇(ちゅうちょ)する余裕は無かった。日高は人気の無い道に乗り入れ、タクシーを停めた。後部座席を振り返り、明るく声を掛けた。

「エンジンの調子が悪いけ、ちと足元のシートをめくってくれんね。配線をチェックするけえ」

 少女が身を屈(かが)めると、日高は(業務用の)ネクタイを緩め、運転席を降りた。そっと少女の背後に忍び寄る。おもむろにネクタイを首に巻き付け、一気に絞り上げた〉

 しかし、少女は10万円どころか、日高の渡した2万円を含めても5万円しか持っていなかった。16歳の少女の作り話に、まんまと騙されていたのである。しかも「哀(かな)しい」「辛(つら)い」と涙ぐむ少女の嘘の身の上話に同情した日高は、金だけ払い、性行為に及んでもいなかった。

「おれは筑波大学を推薦で受けたほどの人間だ。おまえらとは違う」

 宮崎で生まれ育った日高は地元の進学校に進み、〈筑波大学への推薦をとるほど〉成績優秀、校内のマラソン大会で1位になるなどスポーツも万能だった。ところが推薦入試は不合格。国立の福岡教育大学受験も失敗し、私立の福岡大学へ進学する。酒とギャンブルにのめり込み大学を中退するも、「おれは筑波大学を推薦で受けたほどの人間だ」「おまえらとは違う」という、ちっぽけなプライドだけを持ち続けていた。

 日高は堕ちていった。バイクの酒気帯び運転、遊ぶ金欲しさのひったくり、遂には会社員宅に包丁を持って押し入り強盗容疑で逮捕、2万円を奪ったとして2年の実刑をくらっている。27歳となる平成元年、叔父を頼って広島へやって来た。

 叔父の紹介で結婚もし、長女も誕生。しかしその直後、妻が精神を病む。妻は入院し、長女は妻の実家に預けられた。「おれはどこまでもついておらん」、再び日高の自堕落な生活が始まっていた。

 梅雨が明け、8月になっても周囲に警察の動きはなかった。報道もない。日高は「根拠のない」自信を強めていく。その勝手な理屈は日が経つにつれ、過大に膨張していった。

 2人目の犠牲者は23歳のスナック勤務の女性。新天地公園でタクシーに誘い、3万円で交渉成立。ホテルでセックスし、タクシーで送っていく車中――。

〈「よく故障するんだよ」
 日高は笑い、女に床のシートをめくるよう頼んだ。段取りは手慣れたものだった。買ったばかりの軍手を素早くはめ、後部座席に身体を滑り込ませ、背後からネクタイで首を絞めた〉

 軍手を用意していたので、〈ネクタイの締まりが良かった〉という。1人目の女子高生もそうだったが、この23歳女性も「父親はヤクザ」と嘘をつき、「売春の客」、つまり日高を牽制していた。買う男も買う男だが、商売する女もそれなりに、といったところか。日高は命乞(いのちご)いをする女性をせせら笑い、商売道具の「ネクタイ」に力を込めた。所持金5万2千円を奪うと、遺体を山林に棄てている。

 そして3人目を殺害したのは、それから1カ月も経たない9月7日。45歳のホステスで、山道にタクシーを停めると、真っ暗な車中で性行為へ。値段は3万円。ベルトで絞め上げた後、仕上げには外したネクタイを使用。8万2千円を奪い、遺体は川の法面斜面にある、コンクリート製の溝の中に遺棄した。

 ひと月前の2人目も、3人目も遺体は発見されない。毒々しい派手な電飾がさんざめく繁華街を流しながら、日高は自分の欲望を抑えることが出来なくなっていく。

最後の言葉、死刑執行

〈もう、殺人は快楽だった。夕刻、タクシーを運転しながら、湧(わ)き上がる殺人衝動を抑えられない自分に直面すると、さすがに怖かった。いつもと違う自分なら、この凶々(まがまが)しい衝動も収まるかもしれない、と乗務用の真っ白な手袋を脱いでハンドルを握ったこともある〉

 第3の殺人からわずか1週間後の9月13日、日高の殺人への欲望はもはや制御できない。被害者は通称“アイちゃん”、日高も何度か遊んだことのある、32歳の女性だった。後部座席においてネクタイで絞殺。所持金5万6千円を奪い、山林の斜面に投げ捨てている。

 しかし日高の「運」はここまでだった。無造作に棄てられたアイちゃんの遺体は5時間後、早朝、犬を散歩中の老女に発見された。前夜、日高のタクシーに乗り込む姿が目撃されており、日高はまもなく逮捕された。そして他3件の殺人は、日高の勘違いから露呈した。日高は自供の理由をこう話している。

〈刑事さんから「他に隠していることはないか」と聴かれたので、警察は死体のありかを知っていて、わたしの情状のために自分から言うのを待っているのだろう、と思った〉

 暑苦しいまでのひと夏の狂気は、あっけなく幕を閉じたのだった。

 平成11年11月、弁護側の最終弁論終了後、日高は最後の言葉を残し、獄に消えた。拳は固く握られ、涙を流し被害者に謝罪、その後、吠(ほ)えるように言葉を継いだ。

〈自分はいったい、何のためにこの世に生まれたのか、どのような生き方をしてきたのか、それを考えると辛(つら)く、悲しい気持ちでいっぱいです〉

 平成12年2月、広島地裁で死刑判決。日高は控訴せず、18年12月、広島拘置所で死刑が執行されている。

デイリー新潮編集部