安倍首相、小倉さん、玉川さん…「アンチ」がいる華(古市憲寿)

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 本当に政権が倒れるのは、テレビが首相のことを報じなくなった時だと聞いたことがある。批判報道が盛んなうちは、視聴者がまだ首相に興味がある証拠。しかし政権末期になると、首相が映るだけでチャンネルを変えられてしまう。だから視聴率を下げたくないテレビ局が政治のことを報じなくなる。

 テレビ局の友人が言っていたのは、2018年のモリカケ騒動の時よりも、2015年夏のほうが安倍政権にとってピンチだったのではないかということ。平和安全法制を巡る国会前デモの盛り上がりや、戦後70年談話の発表があった頃、「数字が落ちるから」と、あまり首相の顔を映さないようにしていた番組もあったという。

 一方のモリカケ騒動は、ワイドショーを非常に盛り上げた。ここまで国政を揺るがすほどの事件だったかはわからないが、少なくとも視聴者の関心はあった。

 日本の未来を考えれば、本当は少子高齢化や社会保障にまつわる議論のほうが大切だと思うが、なぜ人々はモリカケ騒動に夢中になったのか。

 関係者のキャラクターの強さに尽きると思う。籠池夫妻は押しも押されもせぬメディアスターになった。夫が出頭前に歌を詠むと、それに妻が「お父さんカッコイイ!」と応じる。並みのお笑い番組では太刀打ちできない奇妙で異様な笑いが生まれた。森友に比べて加計学園の報道がそれほど盛り上がらなかったのはキャラクターの弱さゆえだろう。

 映画やドラマでも同じだ。ヒット作品の主役は、大抵キャラクターが立っている。「ドラゴンボール」の孫悟空でも、「こち亀」の両津勘吉でもいいのだが、彼らの言動には強い動機があり、どんな人物かも明確だ。

 芸能人も人気者ほど、ものまねの対象になる。存在がキャラ化されていて、どんな発言をするかが他者からも想像しやすいのだ。

 少子高齢化や社会保障問題には、誰もキャラがいない。だからテレビでは扱いにくい。南青山の児童相談所建設をめぐる騒動はそこそこ話題になったが、それは反対派住民の言動が面白かったからだろう。「ネギ一つ買うのも紀ノ国屋」「ランチ単価1600円」といった発言は、絵に描いたように「感じの悪いセレブ」である。もしも顔を出して過激な反対意見を言う人がいたら、メディアで人気者になっていたかも知れない。

 テレビの原理は、基本的に「人」なのだ。いくら良質な企画であっても、うまく「人」がはまらないと注目を浴びない。政治も同じで、内閣支持率は政策を冷静に分析した結果というよりも、芸能人の好感度調査に近い。だから政権にとって「感じの悪さ」が命取りになるのである。

 面白いのは、「アンチ」は容易(たやす)く「ファン」に転じるということ。一挙一動を注目する「アンチ」の行動は「ファン」と近いのだ。「感じの悪さ」は癖になるのである。安倍首相はわからないが、「とくダネ!」の小倉さんや「モーニングショー」の玉川さんは、それで得をしている気がする。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

週刊新潮 2019年4月18日号掲載

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