2月14日「チョコによる支配からの卒業」(中川淳一郎)

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 季節はずれの話題で恐縮ですが、友人で自称「会いに行ける左翼」の千葉商科大学専任講師・常見陽平氏が「誰からもチョコレートをもらえないと、中年は辛い」というブログ記事を書いていました。同氏は今年、物心ついてから初めてバレンタインデーのチョコレートを一つももらえなかったそうで、深く悲しむ一方、「チョコによる支配から卒業できたようにも思えるし、所詮、チョコに振り回されていたのではないかと自分のことが惨めに思えたり」と新たなる人生観を得られたようです。

 このブログを書く前に彼はツイッターで「【悲報】チョコレート、ゼロ!こんなの初めて!妻も娘もくれない」と泣き言を書いていました。すると、東京都議の音喜多駿氏が、自分もゼロ個になりそうだと慰めるではありませんか。常見氏は仲間がいたことに喜んだのか、はたまた地獄まで道連れの仲間を増やしたいのか、「おときた同志! なんと! おい中川同志! YOUは何個だ?」と私に左翼風に聞いてきます。私も「あ、オレもゼロ個だったぞ。安心しろ」と返事をし、ガラスのハートの常見氏の心は少し癒されたのでした。

 職業柄、それなりに多くの人々と会う我々3人が一つもチョコをもらえないという事態になったわけですが、私もこんなことは初めてです。まぁ、私はそもそもモテないのですが。常見氏は「チョコによる支配から卒業」と表現しましたが、私は「女性のチョコからの解放」と解釈しました。

 大体、「年に1回、女が好きな男にチョコをあげて愛を告白できる日」なんて無茶苦茶な設定だろーよ! この日以外に女は告白しちゃいけねーのかヨッ!とは昔から思っていました。つまり、バレンタインデーというものは、男性優位社会を具現化し~、人民の平等の精神を破壊する~、悪辣かつ無慈悲な行事であり~、我々反チョコ革命軍は~、断固として~、怒りの~、鉄槌を~、振り下ろすと共に~、地獄の業火でチョコレート資本主義を~、焼き尽くさねばならな~い! 男女平等の~、精神を~、取り戻せ~! というべきものなのです。

 しかしチョコレート業界の陰謀のもと「義理チョコ」が生まれ「友チョコ」まで登場し、挙句の果てには「義務チョコ」なんて言われるようになってきた。

 そんな社会の意識が変わったのは良いことだと思っています。1980年代に小中高生だった私は本当に自分のことを好いているという女子からチョコレートをもらっていました。大学に行ったらサークルの女性陣からチョコをもらえた。会社に入ってからも、当日だけでなく2月8日~13日の打ち合わせで会った外部の女性からは義理チョコをもらえました。こうして数年前までは、それなりに親しい女性と14日周辺に会えばもらえ、やがて年間3~4個になり、昨年は1個に。

 惰性で続いていた感じのバレンタインデー、今年は我々3人が見事「ゼロ個」を達成したように、各人がそれぞれのやり方で楽しむようになったのでしょう。お菓子会社にとっては由々しき事態かもしれませんが、次に打ち出す創意工夫のある戦略に注目しています。

 ちなみに常見氏、ラジオに出演したらリスナーからチョコもらえたそうです。裏切り者!

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2019年3月7日号掲載

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