“お姫様抱っこ”で女性を監禁 余罪300件の男が告白した「生い立ち」と「髪の毛への執着」

社会週刊新潮 2018年11月15日号掲載

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5歳で里親の元へ

 栗田は1982年、川崎市に生まれた。不特定多数の男性と関係を持っていたという実母は、産んですぐ産院から消えた。栗田の上にも3人の子を産んでいるが、誰一人として育てていない。戸籍に父の名はあるが、実父かどうかは定かではない。

 置き去りにされた栗田は、そのまま乳児院、そして2歳からは児童養護施設へ。そして、5歳で里親=川上家(仮名)に引き取られた。

 川上家には11歳上の姉と9歳上の兄という、2人の里子がいた。

「初めて、自分に家族ができた。これが自分の家で、お父さんとお母さんと姉ちゃんと兄ちゃんができて、何もかもがうれしかった」

「ママ、ママ」と母に甘えて、側にいないと泣いて捜した。しかし、川上家で最重視されたのは躾だった。すぐに小言を言われ、叱られる日々。父からは殴る蹴るなどの暴力も受けた。

 今回の取材では、川上家の「兄」にも話を聞くことができたのだが、きょうだいは皆、「人様に迷惑をかけるな。警察沙汰になったら出て行ってもらう」と常々、言われていたという。「あなたたちと私は、血がつながっていない。いつでも出て行っていいからね」とも。

 事実を早くから宣告することで、自立心を育もうとしたのか、父が鬼籍に入り、母が認知症となった今では確かめる術はない。栗田には、さらに条件がつけられた。

「15歳になったら、施設に戻す。おまえには川上姓を名乗らせない」

 姉と兄は「川上」姓を名乗って暮らしていたが、彼は「栗田」のままだった。親と苗字が違うと、小学校の頃にはいじめにもあった。

 母からは「知恵遅れ」、「ダメな子」だと否定され、自身も他の子より能力的に劣ることを感じていた。

ロングヘアーの衝撃

 そんな環境の中で、栗田が惹かれたものが、「髪の毛」だ。原点は、5歳の時。施設を出て、川上家に引越しをする途中の駅でのこと。

 栗田の記憶は鮮明だ。

「施設から外に出ると、見るもの全てが違う。駅のホームにいた女性の、黒髪のロングヘアーがとてもきれいに見えて、衝撃でした」

 栗田は吸い込まれるように、その髪に触れてしまう。川上の母にはひどく怒られたが、その女性は子どもだからと許してくれた。

 突然、何の脈絡もなく、栗田の前に出現した髪の毛。彼はその虜となった。唯一ほっとできるのは、姉が髪の毛を触らせてくれるひととき。兄は、家族でテレビを見ている時、弟がぼーっと姉の髪を撫でていた姿を思い出す。人形や姉の、髪の毛を切るという行為も始めた。兄から見ても、幼い弟の髪の毛への執着は異様だった。

 小学3、4年生の頃には、電車で寝ている女性の髪をそっと触るようになった。触りながら、車内のポールに股間を押し付けることもあった。「それは母も目撃していたはず」と栗田は言う。

 小学3年の時、教室で前の席の女子の髪を切って大きな問題となった。

 その後も、女子のハンカチやコートを盗み、部屋で匂いを嗅ぐなど、問題行動をたびたび起こした。そこには性的衝動の予兆があった。

 栗田の“電車行動”は、塾に通うようになったことで、頻度が増えて行く。

 小学5年の時だった。

「電車の中でのこと。その人は酔っ払っていたのかもしれないけれど、ずっと触っていても全然起きなくて、こんなにうまくいくんだ!と衝撃だった。手を触っても起きないし、ばれないんだというのが驚きだった。それから、どんどん寝ている女性を探して、髪を触るようになった」

 触りたいと同時に、髪を切りたいという欲求も大きく、ハサミを持って電車に乗ることもあった。

 何が栗田をして、髪の毛にこれほど執着せしめたのか。

 児童虐待や犯罪心理に詳しい、日本体育大学の南部さおり准教授は言う。

「愛着を与えられず育った彼には、拠って立つアイデンティティーがない。唯一のアイデンティティーとなったのが女性の髪の毛だが、それを自由にすることは人から否定される。犯罪行為に及ばないと獲得できないものだった」

(2)へつづく

黒川祥子(くろかわ・しょうこ)
ノンフィクション・ライター。1959年、福島県伊達市生まれ。東京女子大学卒業後、専門紙記者、タウン誌編集者を経て独立。家族や子どもを主たるテーマにノンフィクションを発表し続ける。主な著書に『誕生日を知らない女の子』(開高健ノンフィクション賞受賞)など。最新刊に『PTA不要論』がある。

特別読物「『お姫様抱っこ』監禁事件に判決 余罪300件の性犯罪者が拘置所で告白した『私はきっと再犯する』――黒川祥子(ノンフィクション・ライター)」より

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