2歳から床一筋「宮川紗江」選手が追い詰められた背景 18歳の決断

スポーツ週刊新潮 2018年9月13日号掲載

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 体操界に浮上したパワハラ“事件”の最大の被害者は言うまでもなく、宮川紗江選手(18)。「2年後」を目指し、競技に集中するべき時に、別の意味で、渦中の人となってしまったのだから。

「彼女が素晴らしい素材であることは間違いない」

 と言うのは、さる全国紙の運動部デスクである。

「脚力が強く、空中感覚も抜群。潜在能力で言えば、得意の床でオリンピックや世界選手権のメダリストとなっても不思議ではない才能の持ち主です」

 東京都出身の宮川選手が体操を始めたのは、わずか2歳の時。小学校5年生の時にS体操クラブに移籍。ここで当時、コーチであった速見佑斗氏(34)の指導を受けた。

「移籍したのも、速見さんの指導を受けたかったからだそうです。それからは片時も離れずに指導を受けてきました」(クラブOB)

 その甲斐あってか、2015年、16歳で出場した世界選手権の種目別・床で4位に入賞し、期待の星に。順風満帆だったのだが――。

「その頃から故障が目立つようになりました」

 とは、先の運動部デスク。

「16年のリオ五輪、17年の世界選手権と、どちらも直前に、左足首をケガしてしまったんです。このため、満足な成績を収めることはできず“伸び悩み”と言われるようになった。最近は東京五輪の出場も危ぶまれる成績となっていました」

 これには、コーチの責任を問う声も出たという。

「同じ場所の故障だったので、“直前に厳しい練習をさせ過ぎではないか”と。しかし、それを周囲が指摘しても、速見さんは聞く耳を持ちませんでした」

 さらには、身体だけでなく、精神的な意味での負荷もあったようだ。さるコーチが言う。

「この頃になると、速見さんの暴力は少なからぬ関係者が知る事態となっていました。正直、周囲にとってみれば、速見さんの存在は迷惑この上ない。選手が目の前の暴力に気を取られては、試合に集中できなくなりますから」

 周りからの冷たい視線。宮川選手も、当然それに気づいていたという。

「“大丈夫?”と心配する親しい選手や他のコーチに対し、宮川さんは、“ちょっと頭おかしいよね〜”などと苦笑いで答えていました。問題にならないようにうまく切り抜けようと振る舞っていたのでしょうが、それが痛々しくて……」

 まだ10代の選手にとって、これがストレスとならないワケはないのである。

「体操女子の競技のピークは、20歳前後です」

 とは、先のデスク。

「18歳の彼女にとって、ここ数年が一番重要な時期。もちろん、速見コーチに心酔しているという事情もありますが、同時に、体操選手にとってコーチや練習場所など、環境を変えることは大きなリスクになる。成績が下がっているだけに、宮川選手は、今ここで速見コーチと別れて新たな道を歩むという選択は、リスクが高過ぎてとても考えられなかったのでしょう」

 復活に期待したいが、そのための道は……。

特集「ひねりすぎでG難度という『体操界』の交戦規定」より