「オウム麻原」死刑執行 事件で注目された女性信者たちの“その後”

国内 社会 2018年7月7日掲載

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「穴を埋められない」

 さて、「オウム裁判」が終結し、麻原をはじめとする13名の死刑囚の執行準備は整った。早ければ、年内に執行されるとの予想もある。

「身近にいた人、知っている人が死刑になるわけですからショックですね」

 と、先の村岡は言う。

「死刑という刑罰には反対ですが、彼らが罪を償うことは必要だし、死と向き合う中で苦悶しながら、なしたことの意味を考えているのだと思います」

 もっとも、彼女は、

「尊師が死刑になっても、尊師と私の関係は今生だけではなく、これからも続いていくのだと思います。裁判の終結が何かの節目とも思いません。私自身は全身全霊を込めて奉仕していた対象がなくなってしまい、その穴を埋められないでいます。そういう中で生きていることは苦しいですね」

 麻原は東京拘置所で食事は摂るが、コミュニケーションはなく、独居房で殆ど座ったままで過していると言われる。

「私に言わせれば、尊師は一種の瞑想状態にあると思います。普通の感覚では、精神病と言われるのでしょうが、修行を重ねていく途上に、精神病的な意識の段階があるということなのです。尊師は、法治国家の日本では罰せられるようなことをやっている、ということを認識していたでしょうし、それ故、囚われの身となったと良く分かっていると思います」(同)

 一方、鹿島は麻原の死刑についてはこう語る。

「私は死刑に反対です。人が人を裁くことなどできるのでしょうか。反対というと、オウムにまだ帰依していると思われるかもしれませんが、よく考えないと。被害者の方がそれで浮かばれるのか、とかね」

 さらに、本音を漏らす。

「私、正直言うと、個人的には麻原さんに感謝とかそういうものしかないんです。悪いことじゃなくて、仏教のいいとこだけ教わりました。生活水準はずいぶん落ちてしまいましたが、色々な面で少しは成長できてると思うので、恨みとかそういうのは一切ありません」

「オウム裁判」は終っても、彼女たちと麻原との関係はこれからも続く。たとえ、麻原の死刑が執行されようとも、その亡霊はまだ醒めない夢の中に現われるのだ。(敬称略)

「週刊新潮」2011年12月8日号掲載

週刊新潮WEB取材班

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