「オウム麻原」死刑執行 事件で注目された女性信者たちの“その後”

国内 社会 2018年7月7日掲載

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飯田エリ子、北沢優子、山本まゆみ

 飯田エリ子(50)は、損保会社につとめ、同僚だった石井を教団の前身、「オウム神仙の会」へ誘った人物である。オウムでは「正悟師」という正大師に次ぐ階級を与えられ、東日本の信者を統括する東信徒庁長官であった。

 彼女は95年、犯人隠匿他の容疑で逮捕。懲役6年6カ月の実刑判決を受けた。先の公安関係者によれば、

「刑期を終えたのは02年8月ですが、その数カ月前に脳出血で倒れた。現在は都内にある実家で暮らしている。ただ、刑務所を出た後も思うように回復せず、右半身が麻痺している。リハビリのため自宅と病院を往復する毎日のようです」

 先の宗形も言う。

「私は飯田さんとオウム時代、信徒を獲得する同じ部署にいました。その関係で警察の方から彼女が獄中で倒れ、脳障害を負ったことを聞かされました。その時、私はお見舞いに行こうとしたものの、警察の人から“(見舞いに)行ったところで、あなただと分からないレベルになっている”と言われました」

 都内の実家を訪ねたが、顧問弁護士の秋田一惠を通じ、

「オウムに関わったこと、事件については深く反省しています。また、被害者の方々に申し訳なく思っています」

 とのコメントを寄せた。

 オウムという業を背負った結果、重い病に侵されている女性信者は、彼女だけではない。麻原個人を崇拝する原理集団「ケロヨンクラブ」を立ち上げた北沢優子(47)は末期ガンと診断された。彼女はグループの女性信者を竹刀で叩く「カルマ落とし」の修行中に死亡させたとして、04年10月に逮捕された。

「今年6月、懲役8年の一審判決が出たが、ここまで公判が長期化したのは北沢の病が原因です。末期ガンと診断され、鼻にチューブを差し、車椅子で出廷したこともあり、そのために暫く公判も停止されたのです」(北沢を知る元オウム信者)

 現在は都内のケアハウスで暮らしているという。

 すでにこの世を去った者もいる。これまで全く報じられなかったが、山本まゆみは07年1月に死亡していた。享年53。

「彼女はオウムでは石井久子に次ぐ管理番号00002番の古参信者で、正悟師の位でした。遠藤誠一の逃亡補助などで、96年7月に懲役1年4カ月の実刑判決を受けた。公判中から謝罪し、いち早く脱会したものの、咽頭ガンで亡くなったそうです」(同)

家賃5万4千円

 教団の幹部ではなかったものの、日劇のトップダンサーでタレントとして活躍していた鹿島とも子(61)が、オウムへ入信していたことは世間の注目を浴びた。

 教団の広告塔的役割を果たしたが、実の娘を逮捕・監禁したとして95年5月に逮捕。懲役2年、執行猶予4年の判決を受けた。

「東京拘置所を出て最初に身を寄せたのが、千葉県木更津市の実家でした」

 と振り返るのは、鹿島本人である。

「そこで父から“お前はテロの片棒を担いだんだ”ときつく言われたりして、徐々に洗脳が解けていった。その後、小学生だった息子と2人暮らしを始めるまでは、アパートを借りるのにも苦労しました。不動産屋に相談し、鹿島とも子だと分かった途端、物件が見つからないと言われたことも一度や二度ではありません。仕事も見つからなくて、息子と2人で日給6千円とか8千円のビラ配りをしたこともあります」

 その後、ホームヘルパーの資格を取得し、計11年間続けた。02年には芸能活動を再開している。

「お年寄りは好きだし、償いという意味もあって資格を取りました。ヘルパーの時給は1300円から身体介護付きの場合は1800円。実働時間はバラバラで、24時間拘束されることもあります。月に30万、40万は稼いでいたので、この仕事に就いてから、生活が苦しいことはなかった」

 ところが、82年のスノーモービル事故による後遺症で、最近左膝の具合が悪化したという。現在は、杖を使わないと歩けない状態である。

「今はヘルパーもしていません。芸能活動は、引退したわけじゃありませんよ。良いお仕事があればやりたいですが、この足じゃね。皆さんに迷惑を掛けるだけです。実家を売ったお金で暮らしており、生活は決して楽ではない。今住んでいるアパートの家賃は5万4千円です。家を出る時は、電気もガスも全て止めるなど、節約して暮らしています。まあ、修行していると思えば、苦ではないですけどね」(同)

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