“段ボール一杯のピン札”から“錦鯉”まで… 「田中角栄」カネの流儀

国内 政治 週刊新潮 2018年5月17日号掲載

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〈田中角栄のカリスマは、金を最大公約数とし、最小公倍数に、彼の実人生上の神話がある〉

 長らく角栄の金庫番を務めた愛人、佐藤昭女史をルポした「淋しき越山会の女王」の中で、著者の児玉隆也はそう書いている。

 今年は角栄が生まれてから100年、死去してから25年の節目に当たる。幾星霜を経ようと、その栄光と転落の75年の人生が色褪せず、折に触れて「角栄ブーム」が起こるのは、人々がそこに神話めいたものを見出しているからだろうか。自らの才覚と器量で頂まで上り詰めた今太閤。しかし、何より彼をカリスマたらしめていたものは、児玉隆也が書いた通り、金に他ならない。しかも、誰彼かまわず、ただ金をバラまいていたわけではなく、そこには「哲学」があった。

「金は受け取る側が実は一番つらい。だから、くれてやるという姿勢は間違っても見せるな」

 といった言葉は、「哲学」なしに発することはできまい。また、金を渡すタイミングも絶妙だった。例えば、政治家にとって、金が最も必要なのはいつか。無論、それは選挙の時で、角栄の秘書軍団や後援会はここぞとばかりにフル稼働するのである。

「確か角さんがロッキード事件で逮捕された後の選挙の時だったと思いますが、上の人間に突然、段ボール箱を作れと命じられた」

 そう述懐するのは、史上最強の後援会と謳われた「越山会」の関係者だ。

「で、部屋の中で段ボール箱を組み立てていると、そこにどんどん金が運ばれてきて、それを詰めていくのです。箱の数は10や20ではきかず、みるみるうちに一杯に。金は全て新券、いわゆるピン札だったので、私はそれで手を切ってしまい、上の人間に“札に血がつかないよう気を付けろ”と怒られたのを覚えています。1箱に詰めた額はおそらく1億円だと思います」

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