「自分は毒親かも」曖昧な定義に広がる不安 精神科医がアドバイス

社会2018年5月11日掲載

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叱ってばかり、怒ってばかり

 そんな親は少なくないのだろう、NHKの人気番組「すくすく子育て」が4月最初に取り上げたテーマは「叱り方 これでいいの?」。

 番組には「子どもを注意して叱ることが増えている」「褒めて育てたいのに、叱るべきなのか葛藤して悩む」という親たちの切実な声が寄せられていた。

 だが彼らが内心抱えているのは、「自分も毒親かもしれない」という悩みではないか。

 不適切な育児で、子どもにとてつもない害を与える親を指す毒親の存在は、1999年に刊行された『毒になる親』(スーザン・フォワード著)で紹介されて以来、広く知られるようになった。いまや毒親は、書籍はもちろん、ドラマや映画でもよく登場する存在だ。育児に悩む親たちが「自分もそうかも」と思うのは自然なことかもしれない。

 だが『「毒親」の正体――精神科医の診察室から』の著書のある精神科医、水島広子氏はこう冷静に注意をうながす。

「毒親という言葉は、医学的専門用語ではありません。それゆえに、様々なニュアンスで使っている方が多いと思います」

毒親を定義すると

 じつは毒親を日本に紹介したスーザン・フォワードは医師ではなく、医療機関のコンサルタント、グループセラピストとして活動してきた人物だという。またいわゆる「毒親本」は、著者が個人的な体験を書いているものも多い。ゆえに毒親とは、ネーミングの鮮烈さとは裏腹に、定義はあいまいという側面があるのだ。

 では、医師の水島氏はどう定義しているのだろうか。

「『毒親』を定義してみようと、私は精神医学の常識と言える『愛着(アタッチメント)スタイル』に注目しました。
 人の愛着スタイルとは、主に幼少期における『母親的役割』の人との関係性から形成される行動の様式です。『母親的』と言っても必ずしも母親を意味するのではなく、父子家庭においては父親がその役割を担いますし、他の養育者でもあり得ます。そうして子どもの心に形成される愛着スタイルは、大人になってからも、他の人との関係性の作り方に引き継がれていきます」

 その愛着スタイルの種類が、問題なのだという。

「愛着スタイルには安定型、不安型(とらわれ型)、回避型(愛着軽視型)の3種類があることが知られています。そのうち、安定型を子どもの内に形成することが、『子どもの自己肯定感が育つように』『他人とちゃんと交流でき、信頼関係を作れる大人になれるように』『幸せな家庭を築けるように』という目的に合った育て方です。
 不安型、回避型は不安定な愛着スタイルであり、私は『毒親』を、こうした不安定な愛着スタイルの基盤を作る親と定義しています」

親の悩みにも精神医学的観点を

 しかし、自信を持って「私はいつも安定している」と言える親がどれだけいるだろう。多くは常に「このやり方で本当にいいのか」と不安に思っている。だからこそ「自分も毒親かも」と悩んでしまうのだ。
 もっとも、ここで言う「安定」「不安」は先述したものとは別のようだ。

 水島先生はこう続ける。

「カッとして言ってしまった一言が子どもに取り返しのつかない傷を与えていたらどうしよう、自分も『毒親』かもしれない、という親御さんたちの疑問についても、『愛着スタイル』という精神医学的観点をはさんでみると、答えがはっきりしてくるのではないでしょうか。
『毒親』は長年にわたり、子どもを振り回すことによってその愛着スタイルに大きな影響を与えます。言い換えれば、たまたま不機嫌な親がひどいことを言ってしまったとしても、日常的な親子の関係性が安定していれば、愛着スタイルに致命的な影響を与えるわけではありません。
 自分が落ち着いたあとに、たまたま不機嫌であんなことを言ってしまったのだ、ということを伝えてあげれば、さらに安全だと思います」

 親も人間なのだから、たまにカッとしたり、大声を出したりすることがあるだろう。わが子とのつき合いなのだから、それは愛情でいくらでもフォローできるということだ。あまり気にしすぎる必要はないのかもしれない。

 診療のなかで「毒親」たちを数多く診てきた水島氏は、先述した著書のなかに「『毒親』とされた親御さんへ」という章をもうけ、子どもからの訴えを機に、親子関係を改善していった実例を紹介している。

デイリー新潮編集部