ソ連を追い詰めた「ジャパニーズ・テープ」 大韓航空機撃墜事件で見せた日米の連携

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ソ連を追い詰めた一幕

 9月10日、ジョージ・シュルツ国務長官は駐日米国大使館に緊急の暗号電報を送っている。国務省の言語専門家がテープ解析を続けた所、聞き落としていた重大な箇所に気付いたという。電子技術で雑音を消した音声を聞くと、ミサイルを発射する直前に「機関砲を連射する」という声が入っており、それを知った米国政府関係者は真っ青になった。なぜならソ連は領空侵犯機に曳光弾による警告射撃を行ったと主張し、米国側の言い分と真っ向から対立していたからだ。

 緊急電報でシュルツ長官は、「わが方の信頼性の観点からも、この新情報は速やかに公表すべきだ」とし、米側が用意した声明案を日本側に渡して翌11日の午前9時(米国東部時間)までに公表すべしと伝えた。すると防衛庁の防衛局長は11日の午後10時過ぎ(日本時間)に記者会見を開いて日米の分析結果を発表、これは時差の関係上、米側が指定したのと全く同じタイミングであった。

 そしてこのテープはニューヨークの国連安保理の会合で存分に威力を発揮する。議場に設置された5台のテレビ画面にはソ連機の交信の音声とテロップが流され、ミサイル発射後に「目標は撃墜された」という声が響くと議場は息を呑んだように静まり返った。有無を言わせぬ証拠を突きつけられて、ソ連もようやく民間機撃墜を認めたのだった。

親あいなるロン

 この危機の最中の9月9日、中曽根総理がレーガン大統領に送った親書の電文が手元にあるが、日本語の文面は「親あいなるロン」で始まっている。

「わが国の安全保障に深い係りのある自衛隊の交信テープの公開は、私にとつて重大な決断を要するものでありました。しかしながら、本事件の重大性、とりわけ国際民間航空の安全に関するちつじよの回復と維持、そしてソ連が人道上及び国際法上負つている義務を全うせしめることの強い必要性にかんがみ、同交信記録のテープを貴国と共同で提出し、国際世論の一層のかん起を図ることを決断した次第です」(原文ママ)

 そして米国政府も中曽根のジレンマは十分承知していたようだ。駐日大使館経由で送られたレーガンの返信は「親愛なるヤス」で始まり、「この悲劇の中で日本が果たしてくれた極めて貴重かつ効果的な役割について君に感謝したい」と結んでいた。

 自国の情報活動を犠牲にしてまでも傍受記録を渡してくれた日本への感謝が伝わるが、その間にもソ連によるプロパガンダ工作は続いていた。(敬称略)

(2)へつづく

徳本栄一郎(とくもと・えいいちろう)
英国ロイター通信特派員を経て、ジャーナリストとして活躍。国際政治・経済を主なテーマに取材活動を続けている。ノンフィクションの著書に『角栄失脚 歪められた真実』(光文社)、『1945 日本占領』(新潮社)、小説に『臨界』(新潮社)等がある。

週刊新潮 2018年1月18日号掲載

短期集中連載「『ロン・ヤス』関係30年で機密指定解除! 『NAKASONE』ファイル 自衛隊が大韓航空機撃墜を無線傍受! ソ連を追い詰めた『ジャパニーズ・テープ』――徳本栄一郎(ジャーナリスト)」より

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