うっかり「インスタ狂騒」に乗ってしまいました(中川淳一郎)

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 昨年の「新語・流行語大賞」の年間大賞を取った「インスタ映え」(写真SNSのインスタグラムで映える写真を撮ること)ですが、最近は飲食店がこの波に乗り、「ジョッキに冷やし中華を入れたもの」「大量のレモン入りレモンサワー」「ドライアイスのスモーク付き焼肉用牛肉の盛り合わせ」「アンキモ・牡蠣・白子が入った痛風鍋」等のメニューを繰り出しています。

 こうしたメニューを出す店で客がスマホでパシャパシャ撮影しながら、「すごーい!」なんて歓声を上げる時の店員のドヤ顔を見ると彼らの創意工夫が報われたんだな、と非常にほっこりとした気持ちになります。

 飲食店がネットの流行りものに乗っかるその他の風潮としては「客からの集合写真撮影依頼に応じる」「ツイッターで新メニュー等の情報を積極的に発信する」「『食べログ』に掲載するための写真をプロに撮ってもらう」等があります。

 もはや飲食店もネットの風潮に媚びなくてはマズいんじゃないの?的時代になったと一見思われますが、先日この風潮に「うっせー」と言う硬派な店を発見。

 牛肉をメインとした店なのですが、溶岩石の上で焼いた肉はいかにも美味しそう。焼いた牛肉が細長い板に何種類も並び、それぞれにトッピングや凝ったソースが乗っかっています。私自身インスタグラムはやっていませんが、これを見た瞬間に、昨今の飲食店「あるある」とも言うべきこのバカ発言をしてしまいました。

「これってインスタ映えしそうだよね~」

 すると、目の前で肉のカットや焼きを担当していた若い男性店長が言いました。

「そんなこと狙ってません」

 重低音のボイスでこちらの方を見ることなく若干の苛立ちも込めて言われたので私は「そうですよね~」と言い、過度に慌てて肉を口の中に入れて「うわー、こりゃうめー!」と、店長の思いを踏みにじったことを取り繕うかのようなどうでもいい感想を述べたのでした。もちろん彼に聞こえてほしい、という意図で言っています。

 この時の私の気持ちとしては、若いのに頑張って店を出し、本当においしいものを追求しているにもかかわらず、単に見た目が派手なだけで味が伴わない料理を意味することも多い「インスタ映え」を狙った店と同じように扱ってしまいスマンスマン、というものです。

 その後、なんとなく店を侮辱した気持ちになってしまい、安易にあの発言をしたことを悔いるとともに、会計時には店長と雑談をしました。この店は元々なんだったのですか? なんでこの地で店を出したのですか? みたいな話なのですが、話を進めるうちに、なんと私と中学校が同じであることが分かったのです! 

 東京・多摩地区の公立中学校なのですが、我々の時代は荒れまくっていたことなどを話すと彼も「いやぁ~先輩が来るのは初めてです!」とようやく打ち解けることができ、私としても先ほどの失言を挽回できたかな、と家路につきました。

 ところが、この店の「食べログ」ページを見たらちょっとちょっと……「SNS映えする写真が撮れます!」みたいなことを前面に押し出して店のアピールをしているじゃないですか! 店長とWeb担当者の意思疎通、大丈夫ですか?

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんしゅうきつこ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2018年4月12日号掲載

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