中川淳一郎が明かす「電通と博報堂」の実態 “25人で8時間”の悶絶会議、高給取りの“暇なおじさん”問題

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中川淳一郎氏

■私が見てきた「電通と博報堂」バカざんまい(1)

 過重労働に五輪エンブレム。問題の主役は電通であり博報堂だった。博報堂に入社して以降、約20年に亘って広告業界の栄枯盛衰を見つめてきた中川淳一郎氏(43)。最新著のタイトルに因んで、両社の「バカざんまい」なエピソードをお届けする。

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 悪いことは重なるのではなく、まとめて発覚するものです。

 ネット広告の過大請求に新入社員の自殺から露見した過重労働問題など、広告代理店最大手「電通」の話題が頻繁に取り上げられています。昨年の東京五輪エンブレム騒動でも代理店の存在がクローズアップされましたね。

 これまで、特に電通には都市伝説がつきまとってきました。日本の政財界芸能界を牛耳る謎のフィクサーで、すべての陰謀にかかわっている。はたまた「おいおい、ウチの広告主について悪いことを書いたらお前らの雑誌から全広告出稿を引き揚げるぞ!」と恫喝し、かくして新聞や雑誌には企業の提灯記事ばかり並ぶ……などといったバカ話がはびこってきた。

 これらはあまりに誇張されていて、彼らの実力を不当に高く見積もっています。電通・博報堂については4コマ漫画『気まぐれコンセプト』の世界がかなり的確です。私は1997年に博報堂に入って配属直後、先輩社員にこう聞きました。

「『気まぐれコンセプト』に出てくる広告業界の話ってむちゃくちゃなバカ話だらけですが、あれってどれくらい正しいのですか?」

 すると先輩は真剣な表情をしながら黙考。もしやデマが描かれており、我が社は電通と共に著者と版元の小学館を訴える準備でもしているのか――そう思ったら先輩はこう答えました。

「80%は当たってるな」

 ガクッときてしまったけれど、同作に描かれる広告業界は「チャラい」「バカ」「社畜」「滑稽」「大げさ」といったところ。私自身、博報堂に在籍した4年間、そしてフリーになってから15年に亘って広告業界と付き合うとともに、この業界に多くの知り合いがいますが、「『気まぐれコンセプト』は80%正しい理論」には首肯せざるをえません。

 というわけで、大手代理店におけるバカ話を今回は書いてみますが、その前に冒頭で挙げた過大請求・過重労働問題について触れないわけにはいかないでしょう。バカな事例の数々は後半で紹介します。

ホイチョイ・プロダクションズ『気まぐれコンセプト 完全版』小学館

■何が100点なのか分からない仕事

 広告業界の過重労働については、「明確な正解がない」ことと「競合相手がいる」ことが大いに影響しているのです。そもそも代理店というのは「サービス業」。客からの要求が何であろうと受けなくてはいけない。「できません」と言った途端、別の代理店に業務を切り替えられることもままある。特別な技術があるわけでも、余人をもって代えがたい人材がそれほどいるわけでもないからです。

 日々の過重労働はあるにせよ、もっともその濃度が高まるのが競合プレゼンの準備段階です。クライアント企業から、「予算10億円の年間キャンペーン、有機的にマスとネットを絡めた最もいいコミュニケーション・プランを提案した会社が勝ちです」といったオリエンテーションを受けてから、各代理店で争奪戦が始まります。

 営業担当は、クライアントのところへ日参し、「キーマン」たる部長が考えていることなどを探るべくスパイのごとく諜報活動を展開します。「う~ん、ここだけの話、実は今回の件は我が社の『ド直球』の根幹を成す部分をいかに表現するかが勝負なんです」のような言質を取ったところで、社に持ち帰り、「今回、キーマンの〇〇部長は『ド直球』の企画を待っている。変な小細工はいらない」と報告をする。

 だが、このクライアント企業の現場担当者が本当のことを言ってるかどうかは分からない。というのも、〇〇部長は気まぐれだし、元の考えを覆すような画期的提案が出れば、それが「お買い上げ」となるから。

 かくしてプレゼンに勝つべく、ちょっとした情報でも有益なものと考え、藁にもすがる思いで代理店マンはプレゼン当日まで続く「長時間の改善作業」に勤しむのです。

 メーカーの仕事であれば、決まった材料を装置に入れ、完成品を作り、決められただけきっちりと納品すれば仕事終了。ここでは、体制を整え、関係各所に連絡をし、ミスのない仕事をすることが「正解」となります。

 でも、代理店の仕事は「考える」ことが中心なため、何が100点なのか分からない。答えがないだけに、スタッフが雁首を突き合わせて3時間も4時間も会議を続けるのです。結論がどうなろうが、「全員で考え抜いたこと」が重要だという発想なので、とにかく会議の人数は多くなり、時間も長くなる。

■25人で8時間

 最近はさすがにここまではないと聞きますが、25人、8時間という悶絶の会議を私は経験したことがあります。この会議は正直、4人が30分やれば終わるものでしかなかった。21人はほぼ喋らず、喋る中心たる各部署のトップ4人は堂々巡りの議論をしているだけだったのです。

 更に追い打ちをかけるように疲労度を高めるのが、デジタルメディアの発展です。自殺した電通社員はデジタル部門で広告の運用をしていたと聞きます。デジタル部門特有の長時間労働について、30代の営業担当者はこう言います。

「以前はメディアへの出稿をバーンと出して、テレビの場合は『放送確認書』を出しておけばよかった。ですが、デジタルの場合は良くも悪くも、色々な成果が分かるから、プランを突然変更させられたりします。“木曜日の出稿のボリュームを変えてよ”“ターゲットを変えて”とか突然言われて、そこで作業が発生するんですよ」

 テレビCMとか新聞広告は出せば終わり。ウェブは、やりながら表現を変えたりできるもの。

「そう、まさにそうなんです。そのウェブの、“いつまでもやり直しが利く”というところがものすごく手間を増やしている。亡くなった方もそういうことをやっていたのでは。広告にかける予算全部がテレビや新聞だった時代とは違い、予算額は変わっていないのにデジタルが増えたため労働量は増えています。となれば、労働単価を下げるって話になる。下請けを常駐させたりして、トータルの単価を下げなくてはいけない状況が既にあるんですよ」

 また、30代のマーケティング担当者は、「暇なおじさん」問題が存在すると指摘します。

「この20年って、広告とかメディアが大きく変わりました。CMの世界だってどんどんデジタル化されました。それなのに、今の暇な40代後半以上のおじさんはついてきてない。ついてこられなかった人が暇なおじさんになっている。それなのに電通の場合は高給をもらうんです。オレは40~45歳ぐらいで一旦定年にした方がいいと思ってて。55歳の暇なおじさん1人の給料で亡くなった若い女性3人分ぐらい雇えたのに……」

 こうした実態も知られるようになっており、広告業界で大手代理店がこれまで培ってきた「何をやっているのか分からない怪しい剛腕のフィクサー」的なイメージは壊れつつあります。メディアも平気で彼らの批判記事を出すようになりました。

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 私が見てきた「電通と博報堂」バカざんまい(2)へつづく

特別読物「この連載はミスリードです【拡大版】 私が見てきた『電通と博報堂』バカざんまい――中川淳一郎(ネットニュース編集者)」より

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973年東京都生まれ。ネットニュース編集者。一橋大学卒業後、博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年退社。ライター等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』等。「サッポロ黒ラベル」党。

週刊新潮 2016年11月10日神帰月増大号掲載

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