フィギュア団体戦好発進! 宇野昌磨の男子SP1位を支えたもの

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 9日午前、韓国・江陵アイスアリーナで平昌五輪フィギュア団体戦・男子ショートプログラムが行われ、宇野昌磨(トヨタ自動車)が五輪初出場ながら唯一100点を超える演技で首位に立った。ビバルディ「冬」を演じた宇野は冒頭4回転フリップの着氷が乱れたものの、演技後半の4回転-3回転の連続トウループ、トリプルアクセルに成功。笑顔で演技を締めくくり、2位のアレクセイ・ビチェンコ(イスラエル)を14点以上引き離し、日本チームの躍進にはずみをつけた。また、ペアの須崎海羽(みう)、木原龍一組(木下ク)も自己ベストを上回る得点57・42点を挙げて8位。日本は初日3位という好スタートを切った。

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 日本人選手がはやくも活躍を見せる一方、押し寄せる寒波とノロウイルス集団感染など、開幕前から数々の問題が噴出する平昌五輪。環境を不安視する声が絶えないなか、日本人選手のなかにも今夜の開会式を欠席して試合本番に備える選手は多い。

 不安を少しでも取り除くため、選手を支えるスタッフは並々ならぬ努力をしていると思われる。元日本スケート連盟フィギュア強化部長であり、日本初のフィギュアスケート金メダル獲得を牽引した城田憲子氏は、著書『日本フィギュアスケート 金メダルへの挑戦』で、伊藤みどりと日本初の五輪金メダル獲得を目指して臨んだ1992年アルベールビル五輪を次のように振り返る。

「私たち連盟スタッフは、あらかじめ本番リンクの近くにおさえていたコンドミニアムにお米や鮭、タラコ、海苔、さらにはおでんにあんみつ……、炊飯器をはじめ調理道具の一切を持ち込み、食べ物に好き嫌いの多いみどりが普段食べ慣れているものでリラックスできるよう整え、一丸となって迫る闘いに備えていました」

 当時はメディアによる猛烈な取材攻勢も選手やスタッフの頭を悩ませるひとつだった。城田氏は「過去にオリンピックに挑んだ日本人フィギュアスケート選手の注目度からすれば、拠点としていたコンドミニアムにまで記者が近づき、隠し撮りまでされてしまうなんてことが、一体誰に想像できたでしょうか」と、選手を守りきれなかったことを今も悔やむ。

「もし私たちが、少しずつでも彼女をマスコミに慣れさせる策をとっていたなら? むしろ記者たちを味方につけるくらいのコミュニケーションが選手とのあいだではかられるような場を用意できていたなら? ……もっと違うかたちでの展開が生まれていたかもしれません」

 そうした城田氏の後悔は、後進の選手たちの闘いに生かされていった。現在は、メディア側でも選手に配慮した取材が心がけられているという。結果、2006年トリノ五輪では荒川静香が日本人初、2014年ソチ五輪では羽生結弦が日本男子初の金メダルを獲得。今日の日本人選手たちの好発進から覗えるもの――それは選手を支えるスタッフや報道する側の努力でもある。

デイリー新潮編集部

2018年2月9日掲載

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