食べものだけで余命3カ月のがんは消えない! 「がん食事療法本」が「がん患者」を殺す

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資格を取得しておりません

 以下2冊は、料理人が“生き証人”としてものした書籍になります。まず、『食べものだけで余命3か月のガンが消えた』(高遠智子/幻冬舎)。28歳のときに進行卵巣がんを患った著者は手術、抗がん剤、放射線治療を受けるも再発を繰り返して余命3カ月と医師から告げられる。けれど最終的には「食べものだけで」がんが治ったという体験談をもとに、さまざまなレシピを紹介する内容です。

 余命3カ月のがんを抱えながらパリの名門料理学校に入学し、4年間通って「フレンチガストロノミー上級ディプロマ」を取得。更に北京中医薬大学薬膳学専科に入学し「国際中医薬膳師免許」も取っています。それら「食」に関する経歴が当時、大々的に報じられました。そして「食べものだけでガンが消える」というタイトルを掲げ、料理教室やメディア出演、講演などを展開していたのです。

 この本はターナー氏のように、あれもこれもダメと偏った食を強いることはないようです。実際の患者さんにとって、疲れた身体を癒すために参考となるレシピもあるかもしれません。ただ、「がんが消える」という話になると医学的に真偽が疑われる記述が目立つのです。たとえば、最初に告げられた診断名は「スキルス性の卵巣ガン」で、後日見つかった肺転移は「スキルス性の腺がん」。ところが、そのような病名はいずれもありません。腎臓、脊髄、乳房、肺への全身転移で歩けない状況で、死を覚悟して車イスでパリに渡ります。そして、モンマルトルのマルシェで手に取った“トマト”をかじった時に次の出来事が。「唾液が湧いてきて、食と体と心の結びつきに目覚め」た。

 なんとこのあとに「ガンが消えた」ことになっています。にもかかわらず、どのような食事で「ガンが消えた」のか、因果関係や具体的な病状が時系列として何も書かれていません。

 そして彼女は、次回作にまたもや「ガン」を売り文句とした本を出版。その「あとがき」には目を疑う文言がありました。

「じつは、前著で、フレンチガストロノミー上級ディプロマと国際中医薬膳師免許を取得していると記述しましたが、この2つの資格を取得しておりません。この件で、多くの方に多大なるご迷惑をおかけしました」

 そのモラルは一体どうなっているのでしょうか。2つの資格を取得していることを最大の売り文句として、多くのがん患者さんたちから信頼を得ていたはずです。そもそも、このように平気で嘘をつける者がいう「余命3か月のガン」は果たして本当だったのでしょうか。

 次に、『がんで余命ゼロと言われた私の死なない食事』(神尾哲男/幻冬舎)。骨や鼠径リンパ節に転移したステージ4の前立腺がんを抱えながら、「食」の持つパワーのみでがんと長年付き合い続けた著者は、“奇跡のシェフ”として話題になりました。今年5月に他界されましたが、体に優しい食生活に変えることで、がん患者さんのQOLが維持されるのはとても大切なことです。しかし、「よろしくないな」と思ったのは、根拠が定かではない“免疫力”の効能が縷々綴られていることに加え、「自然(善)VS人工(悪)」という構図で、極端な二元論が持ち出されていることでしょう。著者は、農薬や化学肥料、食品添加物、水道水などを「社会毒」と定義し、一般の塩も大手食品会社の調味料もダメ。砂糖は“最強の毒”と言いますが、何事も程度の問題。度が過ぎれば、たとえオーガニック食品でも必ずリスクとなりえます。更に、

「少なくとも私が知っている50年ほど前の日本では、がんという病気になった人のことを周囲であまり聞かなかったような気がしたからです。せいぜい50、60人に1人いたかいないか」

 という根拠なき懐古的な言説も難点のひとつ。

 今のように早期での発見が難しかったり、患者本人にがん告知がされにくい時代であったことを差し引いたとして、本当に「昔の日本食」は良かったのか。明治から大正・昭和初期にかけての平均寿命は40歳そこそこ。栄養状態も悪く死因の多くは「結核」「肺炎」「胃腸炎」などのいわゆる感染症でした。昔の日本食に依存していた時代の寿命は今と比べるとかなり短かかった。したがって、がんになる前に他の病気で死んでいたわけです。では、著者の言う50年ほど前の状況はどうだったか。がんは高齢者であればあるほど、なりやすい病気です。

 例えば、昭和40年時の日本人の平均寿命は約70歳。現在のそれは優に80歳を超えています。著しい高齢化に伴いがん患者の数が50年前より増えているのは事実。が、その影響を省き年齢を揃えたがん死亡率を比較してみると、今よりも50年前の方が高くなっています。だから、「昔の日本食は良かった」は通用しないのです。著者はご自身のがんを「末期がん」と強調しますが、ステージ4だけでは末期とは言いません。同じように転移を抱えながらでも、10年以上元気にされている方は世にたくさんいらっしゃる。この本にある「死なない食事」パワーのみで長生きできたという文脈ではなく、自身のがんとゆっくり上手に共存できた前立腺がん患者が、たまたま自然派主義シェフであったと捉えた方がよいでしょう。

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