“浅野ゆう子の存在を知ったのは2年前” 記者の直撃に57歳「イケメン社長」の狼狽30分

エンタメ 芸能 週刊新潮 2018年1月25日号掲載

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パリにも行った

 私事で社員を不安に陥らせたくないという配慮であれば、見た目のハデさからは想像できないほど、誠実な人物なのかもしれない。

「会社は二十数年になりますが、20代の頃は、ずっとモデルをやっていました。パリにも行きましたよ。バブルの時代、この身長があったからこそ、仕事があったんですけど、テレビを見る時間はなかったんです。朝7時集合で夜10時終わりとかですからね。それに海外にも行っていましたから、彼女のことは私、知らなかったんです。本当に。ずっと、仕事でテレビを見る暇がなかったですからね」

 全盛期の浅野を知らない代わりに今後は毎日、一つ屋根の下で暮らすことになるわけだ。どちらがいいかはさておき、浅野を知らなかった社長は、何処で彼女と出会ったのだろうか。

「仕事は全く関係ないですね。友人を介してでもない。あるパーティーですよ。いろいろあるんです。例えば、洋服とか、飲食とか、オープンする際に案内状が来たりするんですよ。そこで、私の方から素敵な方だなと思って……。それで押しまくったかって? そうですね」

 出会いから1年ほど経って、交際に発展したという。

「プロポーズは、“僕と結婚してください”と。いつ頃、どんなシチュエーションって、まあ、2人ですよね、必然的に。彼女の自宅で、2人の時に“よろしければ、僕と結婚してください”と。私が初婚かどうかって? それはご想像にお任せします」

 神戸でスナックを経営する浅野の実母(85)には娘の夫がどのように映ったのか。

「昨年、結婚前に挨拶しに来られて、2人は年末年始を神戸でゆっくりして行きましたよ。ものすごくハンサムだから、あの子が惚れ込んじゃったのもよく分かったわ。何よりも気が優しい方、“お義母さん、今度旅行に行きましょう”って誘ってくれたりして、私もすぐに気に入っちゃった。2人を見ていて本当に好きあって結ばれたと分かりました。だから反対する理由なんてないですよ。ゆう子は田宮さんと死別した後、本当に落ち込んでいて、見ていられなかったんですから」

 娘の辛い様子を見てきたからこそ、入籍を心から喜べるのだろう。

「けどね、本当はちょっぴり寂しいの。結婚の報告があった時、泣いちゃったわ。ゆう子も泣いていた。あの子が小さい時に私が離婚して、ゆう子には苦労をかけたの。それからは、ずっと2人きりでやってきたから、嫁に行ってしまうのは、やっぱり、ちょっとね」

 母子共々から合格点を貰ったイケメン社長。そのモテモテっぷりは、これにて封印するしかない。

特集「『浅野ゆう子の存在を知ったのは2年前』 記者の直撃に57歳『イケメン社長』の狼狽30分!」より

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