佐藤栄作は腰にタオルで…大平正芳が舌鼓を打ったお膳と熱燗 宰相たちが愛した「名湯」「隠れ宿」

旅・街歩き週刊新潮 2018年1月4日・11日号掲載

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宰相たちが愛した「名湯」「隠れ宿」――山崎まゆみ(2)

 厳冬ならではの雪景色が似合う日本海側にも、歴代の宰相が続々と足を運んだ伝統を持つ温泉宿がある。

 富山県宇奈月温泉の延対寺荘。その前身、延對寺旅館は県下第2の規模を誇る城下町・高岡市にあり、吉田茂、池田勇人、佐藤栄作、福田赳夫が訪れ“富山の迎賓館”と呼ばれた。

 転機となったのは大正期の黒部電源開発だった。その玄関口となった宇奈月に一大温泉街の開発話が持ち上がる。地元では、延對寺旅館を経営していた初代社長・延対寺みよの手腕に白羽の矢が立ち、大正14年に延對寺旅館宇奈月温泉別館、現在の延対寺荘が建てられたのだ。

 なぜ高岡に、さらに秘境の宇奈月温泉へ宰相たちがこぞってやって来たのか。

「料理旅館を差配していたみよは、富山の財界人との強い繋がりを持ち“女傑”と呼ばれていました。地元の有力政治家だった橘直治さんが若い頃から目をかけていたこともありまして、彼が総理の皆様をお連れになって来てくれたのです」

 と語るのは、旅館に嫁いできた、みよの義理の娘にあたる大女将・延対寺章子さん(85)。青紫色をしたアンサンブルの着物がよく似合う、たおやかな女性だ。

「まだ高岡に旅館があった頃、吉田茂さんの部屋に新聞を持って伺いましたら、葉巻を吸われていて威厳がありました。新聞をお渡ししますと、『ありがとう』と言葉をかけてくださって」

 選挙応援に駆け付けたという佐藤栄作と、池田勇人の場合はと聞けば、

「高岡にお着きになると、皆さん、まず延對寺旅館に来られ、お風呂に入られてから、またお出かけになるんです。私がお部屋にご挨拶に伺いましたら、湯上りだったのでしょう。佐藤さんは、裸で腰にタオルを巻いたまま廊下を歩いていまして、あの時は驚きました」

 なんて、目を丸くしながら笑う。

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